「元を辿れば人もまた獣」光(大森立嗣監督) 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
元を辿れば人もまた獣
大森立嗣監督最新作は、三浦しをんの同名小説の映画化。
同監督の『まほろ駅前多田便利軒』も三浦しをん原作だが、
あののんびりふんわりテイストの映画を
期待するとアワワワワ……となるので要注意。
まあネタバレ指定で書いても遅いんですけどね……。
...
いやあ、出演者みんな怖い怖い、
怖い怖い映画でしたね(淀川さん風に)。
信之の、真っ暗で無感情な瞳やシャープな風貌。
演じる井岡新の表情にはどこか鮫を思わせる所があって、
ゆらり泰然としているように見える時でも突然
歯を剥き出して猛り狂いそうな恐ろしさを感じる。
少年の頃に己の獣性に気付いてしまい、そこから
いわゆる“普通”でいることが難しくなってしまった彼。
輔との再会でじわじわ獣性が解放されていく様が怖いし、
逆に美花には情けなく翻弄されるばかりで、男ながらに憐れ。
対する瑛太は逆に完全に感情が振り切れているが、
身勝手極まりないのにどうにも憎み切れない。
誰も助けてくれず誰も構ってくれない。信之を除いては。
彼はあんな形で他者と接点を持つ術しか知らなかった
のだろうし、殺される直前に「ずっとこうして
欲しかった気がする」と微笑むシーンなど、
ああ、生まれた時から彼はこうして生きる/死ぬ道しか
用意されていなかったのかなと哀しい気持ちになった。
橋本マナミも「バラエティに出てるなんかエロい感じ
の人」くらいの印象しかなかったが(印象酷いなオイ)、
主演陣のなかでは一番“普通”の役として活きていたし、
日常から非日常へと感化されていく重要な役どころ。
あの最後の表情。夫を見据える眼差しや、
薄く開いた唇からは彼女の感情が全く読み取れず、
そこが僕は物凄く恐ろしかった。
彼女が夫を警察に突き出さなかったのは娘の為を思ってだろうか。だが彼女の眼は、まるで異質な、
見知らぬ生き物を警戒するように、突き放した眼差しで。
ただ、全ての発端である美花のキャラクター
だけ浮世離れしていて理解が難しかったかな。
人気女優になっていたという設定自体がやや
飛躍し過ぎにも思えるし、長谷川京子よりも
少女時代を演じた紅甘の方が妖艶さでも
獣性でもヤバさと説得力があった気がする。
だが全体を通して一種の狩り(遊び)として
男を弄んでいるような不気味さは感じられたし、
登場人物の中で一番早く自分の獣性に気付いていて、
自身でも制御できないほどそれに忠実だったのだと感じた。
...
狼に育てられた双子の像。
元を辿れば人もまた獣であって、
幼少の頃に獣として育ってしまった者は、恐らくは
自分の中の獣をずっと認知して生きねばならない。
「生きるために生き物を殺すんだよ。」
風船で再現された屠殺場にて、信之は幼い娘に語った。
生きることは本当は残酷で、自分が生きようと
する以上は他の何かを殺さなくてはならない
(人の場合それは生物学的な死だけに限定もされない)。
その原理は生き物として至極当たり前だが、人は普段、
その残酷さや血生臭さから目を逸らして生きている。
だが、どうしてもそれに気付かざるを得なくなる時がある。
この映画での津波や誘拐や虐待など、個人が全く
回避できる余地のない外部からもたらされる暴力
に対して基本的に人は無力で、しかもそんな暴力は、
実は一見平穏に見える日常のそこかしこに転がっている。
人は大抵、「そんな怖い事は自分の身の周りには
起こらない」と考えがちで、自分や自分の家族に
危害が及ばない限りは無関係を決め込もうとする
(虐待される幼い輔を誰も助けなかったように)。
しかしいざ自分や自分の近しい人々が暴力に晒された時、
人は世の中がそれまで考えていたような平穏な場所
ではなかったと気付き、同時に自分もその暴力に
対抗する必要があると感じるのだと思う。
...
勿論、自分の獣性の赴くまま生きるような者は、
人間社会の中で生きることなどままならない。
人が獣であることを見て見ぬふりをするより、
それを認めた上で、いざという時の警戒は怠らず
人として生きる努力をしなければいけないのだろう。
自分はありがたいことにそんな事件にも境遇にも
見舞われたことは無いけれど、この作品を観ると、
「人らしく生きるのは本来努力がいるものなのかも」
と、考えずにはいられなくなる。
いやはや負方向の意味で心に残る作品でした。
体力が十分な時に観た方が良いと思います。
難解ゆえスコアを付けるのが難しいが、
観て損ナシの3.5判定で。
<2017.11.25鑑賞>
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余談1:
幼いあの娘は大丈夫なのだろうか……最後の彼女の姿は、
人としてどこかが壊れてしまったのではと心配でならない。
子役の演技、見事でした。
余談2:
タイトル『光』とはどういう意味か?
人を狂わせるほどの陽光や月光。
自然と足を赴かせてしまうもの=本能?
いや、紺色の文字で描かれていたのなら
イメージとしては月光に寄る?
輔のような狼に育てられた少年がその境遇から
抜け出す為の光=紺色のカーテンを背景にした信之?
はい、分かりませんッ! さらばッ!(逃げ)