ザーヤンデルードの夜

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解説

イランを代表する名匠モフセン・マフマルバフが1990年に発表した作品。78年のイスラム革命をテーマに描いた作品で、検閲により長らく国内外を問わず上映機会に恵まれていなかった幻の作品。ロンドンで修復作業が行われ、2016年のベネチア国際映画祭で上映。同年の第17回東京フィルメックスでも上映される。

1990年製作/63分/イラン
原題:Shabhaye Zayendeh-Rood

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映画レビュー

5.0これ以上、書けなく設定されてる?

2020年4月12日
PCから投稿
鑑賞方法:CS/BS/ケーブル

この映画を見始めたとき、何か衝撃が走った。昔の友達はイランからで国王シャーが追われれ、ホメイニ、イマーム派が中心となってイラン革命が起きた後、政治難民として、米国に亡命したからだ。彼女はその時、テヘラン大学の学生だった。たとえ、民衆の革命であったとしても、イスラムの国家体制になり、今までの自由な服も着られずブルカで全てを隠す学生時代で、この映画のように抗議、討論だったと。革命だからね!

イラン革命の話を彼女から聞いただけで、興味を持っていなかった。しかし、これを観はじめたら、意味がよくわかるので背筋が寒くなった。そして、この人間人類学の大学の教授、モハマッド(Mohammad Alaghmand)の存在はモハセン監督を意味していると思う。監督のイランにおける存在だったと思った。監督はすでに亡命しているが、彼は何度も殺されそうになったといったのを聞いている。

教授が国王シャーのことをImperial Cult 皇室のカルトという。そして、Demigodといういいかたで、ミニ神といってる。学生から、国王を軽蔑してる!と声が上がるが、教授はこれは人間人類学のクラスで、イラン人の文化的見解を勉強しているという。多分、日本で天皇のことをこう呼んだら、反感を持つ学生がいるだろうが、これは日本人の文化的見解だと言われたら人間人類学的にこう見ることもできると納得する人もいるだろう。

この作品は検閲が入っていたので、全映画を観られず、時々、会話なしで人の動きだけが映る。観られませんよという表示があるのには驚いた。こんな映画を初めて観た。

監督は自分の命を犠牲にしてまでもこの映画を作りたかったというのがよくわかる。教授が家族の者に話す言葉には真実味があり、察するには、この監督のテーマは人類愛なのだ。

『私は正直者だと。そして、政治活動家ではない。専制主義者でもない。自由主義者でもないと。私の哲学は愛だと。個人個人が他の人を愛することだと。』参った。これは教授のことばだが、監督の哲学なのだ。『I drink coke, therefore I am 』

そして、私の哲学もちょっと同じだ。個人的な話になるが、だから、背筋が寒くなって、この作品を観終わるには集中力がいると思った。
シャー批判した彼の家族は災難にあう。この後は後で書く。4/11/20

昨日20分だけ鑑賞して書いたことに疑問点を感じた。監督の言いたいことはイランの社会問題ではなかろうか?その解決口は一人一人握っているが、社会の人々なしには解決できないから、個人個人の意識向上が大事だといってるのではないか?

父親である教授サイドから見た味方と、看護師の娘から見た目と、また、娘の仕事場の医師から見た目と、患者であって娘に惚れた、歩けない男性の目からと、娘と結婚しなかった男性からの目など、それぞれの見解が違うので書きたいが、長くなりすぎるので、いくつか私の感じたことを書く。

まず、当時の高学歴者のイランの社会とモスリム 社会の弊害である女性の自由意識の欠如についてだけ書きたい。
父親は娘に愛を告白した患者だった男性に会うが、驚いたことにまず、学歴を聞く。その次に、なぜ、足が不自由で車椅子なのか、なぜ自殺未遂をしたかと質問する。これが、父親の知りたいことなのだ。娘にあった男性を探すのが努めなようだ。しかし、事故にあって歩けなくなったのは人を救うためという答えを父親はまるっきり無視するが、この男性をしろうともしないのだ。自殺した理由も誰も自分を愛してくれないからというのもそうだ。父親は自分も同じで、誰も自分を気遣ってくれなかったと。父親はこの男性と違って積極的に愛を求めて行かないから。そして、父親も同じような経験を味わっているのに、娘のことになると『自分の娘は』という特別意識があるのだ。まあ、確かに、愛は同情ではないという父親の言葉は重いが。娘が、幸せって、今の状況が幸せなら幸せなんだと心理学者の名前を引用していうが、頷けるね。

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