「選択のきっかけは名前では?」君の膵臓をたべたい(2017) movie mammaさんの映画レビュー(感想・評価)
選択のきっかけは名前では?
浜辺美波がとっても可愛くて、完璧に桜良のペースに持っていかれるのだが、俗に言う小悪魔なんて言葉では表現できない透明感に魅了され、主人公の僕よりも動きを目で追ってしまうほど。小悪魔ではなく、余命を知り自分に素直に生き抜こうとしている、儚い天使のよう。
ませているというよりも、考えの深さが大人びている桜良が、彼氏ではない人といけないことをしてみたいというのは、高校生らしい等身大の素直な好奇心で、どっぷりと恋愛に浸かって失う怖さが増す愛を欲しているわけではないことがわかる。あくまで健康な子と同様に、幸せな充実した日常を送りたいという、当たり前に思いがちな時間の有り難みをわかりぬいた希望。
それを叶える人として選ばれた僕、なのだが、最後に僕の名前が「春樹」だったとわかった瞬間、全ては彼らの両親が「春樹」「桜良」と名付けた時から始まっていたのでは?!と、鳥肌もの。
限りなく沢山の選択の積み重ねが引き合わせて通い合った2人が、選択も希望もしたつもりがない「最期の瞬間」により引き裂かれてしまったやりきれない悔しさに満ち溢れる。
想像だが、桜良は同じクラスにいる読者好きの子の名前が春樹で、語源が似ているなぁというところから興味を持ったのではないか?
軽々しく名前を呼ばず、きみ、と呼ぶシャイな僕がとても誠実で、目立たなくても芯のしっかりした素敵な青年。本人は人とちゃんと向き合おうとしていないだけだと言うが、桜良が抱きついてきたら、「彼氏でもない本気でない人にそんなことしてはダメだ。自分を大切にしないと。この地味な僕ですら男で、本気を出したら無理矢理にでもきみのことを壊してしまえそうだし、今事実、きみのことが大好きでこれ以上挑発されたら理性を保てないよ。きみにとっては好奇心の対象でも、僕にとってはとても大切な人なんだから。」とばかりに無言で押し倒す。そして、しっかり自制して、潔白なまま帰ろうとする。ところが、桜良の家で待ち伏せをしていた元カレには、しつこい男は嫌いらしいよ、と桜良を大切にできない人間は許さないとばかりに、強い言葉を放つ。
普通の青春映画に抜擢されるような主役級イケメンには醸し出せない、自然で絶妙な深みのある人間性を感じさせる北村匠海がこの役で、納得しかない。
「誰かの、自分の病気と同じ部分を食べてもっと生きたい」「食べられた人の中で存在として生き続けたい」「花がついていなくても次の芽をつけて咲き続けている桜でありたい」「むしろ、正反対で憧れの君になりたい」色んな想いが集約された、「君の膵臓をたべたい」。あらゆる告白よりも、表面ではなく真をついた表現。それだけ思い合っていたけれど、当時は、お互いにはっきりと自覚して言葉に起こしていても、届かぬままだった気持ちは、12年の歳月を経て、僕が桜良の助言通りに教師となり図書館に来たからこそ受け取ることができた。
図書委員として図書館の蔵書を整理した12年前の桜良との日々を、教師として再び図書館閉館に携わり蔵書を整理する中で回想し、気持ちの整理をしながら次世代の教え子に、間接的に青春の儚さや今生きている瞬間の尊さを教えていく僕の姿は、当時のままのかっこつけない誠実さに溢れている。繊細で自分の殻の中にいて他人との深い関わりを苦手としていた春樹もまた、桜良を胸に、立派な大木へと成長した。桜良の願い通り、桜良は人と通い合う人生を全うし、大切な人々の中で生き続けているのだ。そして春樹が成長したからこそ教え子と出会い、教え子との心の通い合いがきっかけで見つかった、桜良との思い出の星の王子様に挟まる遺書。
「こんなに君を悲しませるなら仲良くなんかならなければ良かった。何にもいいことはないじゃないか」と言う王子様に、「いやある。心で見なくちゃ、ものごとは良く見えないのさ。肝腎なことは目には見えないんだよ」と返すキツネの言う通りである。
知らぬ間に静かに静かに病が深まり最期に向かっていく腎臓は、春樹と桜良の目では見えない心の関係性に重なる。
いつも春樹を自分のペースに巻き込み話を進めていく桜良なのに、真実か挑戦のゲームで、「どうして名前で呼ばないの?」とはどうしても聞きたかったのに聞き損ねてしまった桜良。でも、名前で呼ぶか呼ばないかとか、彼氏になるかならないかよりも、心の通い合いを大切にしていた春樹は、桜良にとって充分に星の王子様を貸し借りしあえる関係性にふさわしい。
それでも、「クラスで1番可愛い」「付き合って欲しい」「大好きだよ」「失いたくない」「抱きしめたい」って、本当は言われたかったはず。その表面的な言葉よりも、「クラスで3番目に可愛い(けど見た目じゃなくて1番好きな存在)」「君の膵臓をたべたい」って返す春樹、自覚していないようだけれど本当に素敵な男性。
深い心の通い合いを求めながらも、好き好きアピール満載で春樹に次々言葉を投げかけ、しかし核心には迫れない桜良は、家族や友達の前では大人びた思いやりが優先だが、春樹の前では年頃の恋する乙女らしさ満載で、とても可愛かった。
病状の進行が穏やかとはいえ、予期せぬ最期に見舞われるよりも前に、きちんと遺書を仕掛けて済ませておく桜良には、どれだけ時間が経っても忘れずに桜良を心の中で生かしてくれて、見つけてくれる春樹がお似合いで、人を見る目がある。
ガムいる?って声をかけてくれた友達が、深くは聞かずに遅く咲くエゾ桜の名所を調べてくれたり、ひとりだった春樹を気遣い通い合う、陰なる主要人物。
でも、矢本悠馬演じる彼が、桜良の親友と結婚に至り、しかも上地雄介になっていたビジュアルの変化には驚きだった笑
春樹を大切に思いやるガムくんと、桜良を過干渉なほどに大切に思う京子がうまくいくのだから、やっぱり春樹と桜良にも結ばれて欲しかった。
選択の積み重ねと言うけれど、最期は誰にもわからない。最期の思い出作りのつもりでルンルンで会いに行こうとしていた桜良と、待ちに待った退院でまだ最期までは時間が少しあるつもりでいた春樹、どちらも話題にしていたにもかかわらず、他人事意識でいた通り魔による、予想外の最期。
やるせない思いでいっぱいになる。
春樹は、夏でも秋でも冬でも、これからもずっと、桜良を心に咲かせ続けるのだろう。