劇場公開日 2017年1月21日

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沈黙 サイレンスのレビュー・感想・評価

全415件中、341~360件目を表示

4.0熱量

2017年1月24日
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難しい

知的

悲しい

スコセッシ監督が、ずーっとつくりたかった作品。
その熱量が、本当に、細部から、全ての質感やセンスから伝わってくるものになっています。
音のセンスがまた、本当に秀逸です。無駄に音楽をつかいません。

原作を読んでいないので、原作ファンの方の持つ違和感はわかりませんが、信仰があるないに関わらず、また洋画邦画と意識せずに見られる大作です。
162分と長いですが、これは描くのにはそれくらい必要だと納得。

他の方も書かれていますが、【外国から見た日本の描き方】の違和感は感じません。日本人キャストの力もあますところなく出されていると思います。
どちらかと言うと二枚目担当なイメージのある窪塚君が演じる姿は、もう何枚も脱皮したような印象です。(色々経験されて昔とは違うのかな)

信仰と、目の前の信徒を救うこととの矛盾。迷いや苦しみの中、神の福音(声)を求め続け、絶望し、彼が一番拒んでいたことを受け入れるその瞬間に、神の存在を感じる矛盾。

原作を読んでみたいと思いました。

かつて日本においてもこんなにも信仰で苦しんだ人々がいたことー歴史の知識でしか知らなかったことが立体的に、重さと苦しさ、胸の痛みの実感をもって、知る機会になりました。

観るのに受け止める気力が必要ですが、それに値する作品だと感じます。

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モアナ

4.5完全な無音の「沈黙」は映画館でしか体験できない。

2017年1月24日
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ネタバレしないように気をつけたので、薄く書きます。
まだ見てない人のために最初に伝えておくと、この作品はエンドロールですらBGMが流れません。
従って、映画館で売っている食べ物であっても食べたり飲んだりすると異常に響きます。
結論から言うと、本当に見て良かったです。

なぜ映画館で観るべきかというと、
強制的に、耳が痛くなるほどの無音状態を体験できるのは映画館だけだからです。
この映画の大事なポイントは、題名の通り「Silence」
本当のSilenceを体験でき、理解できるのは映画館でだけ。
とあるシーンで完全に無音になります。
その無音が意味するところを、噛みしめる事ができるのは映画館でだけです。

なぜキリスト教が日本に根付かないと思うか、井上筑後守がとある物に例えて言うセリフが、いち日本人として心に残りました。

ぜひ、映画館で見てください。

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yoooosssssy

2.0神は沈黙していない!

2017年1月24日
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物事は、どのように見るかによって、全く違うものになる。
この映画は、人間の浅はかな目線で描かれたものなのだと感じた。
いつの時代も、神の声を聴くものは少ないのかもしれない。
しかし、神は沈黙などしていないと思う。
監督にも神の声はインスピレーションとして、
降りていないのではないかと思える作品だ。

残念!!

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ramram

4.0誰もが考えること

2017年1月23日
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悲しい

怖い

「神様がいるのなら、何故こんな悲劇を黙って見過ごすのか、何故助けてくれないのか」誰もが考えた事だと思う。固い決意で危険な日本に渡ってきた宣教師も、その考えに囚われていく。

代官や通訳の言う理屈はとても分かりやすい。何度も転ぶ男や保身に走る村人達の心も良く分かる。
その一方で信仰に身を捧げる多くの信者たちや、転んだにも関わらず許されない元信者、共に海を渡った宣教師達の壮絶な最期を見せつけられる。

両者の狭間で主人公と共に苦悩し、堂々巡りをし続けた

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komasa

3.0大作だが

2017年1月23日
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鑑賞方法:映画館

少し長い。

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ひろりん

4.0こころは常に動く

2017年1月23日
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鑑賞方法:映画館

悲しい

怖い

知的

劇中の日本の情景や、鈴虫の音色が、何故か今日は悲しく感じた。

日本の島たるものも少し垣間見た気がする。
田舎は余所者を嫌い、学歴や、見かけ、生まれを特に気にする。

権力や地位たるものは、時に暴走さえもしてしまう。

そもそもなぜ異教を拒んだのか。
また、なぜ、布教を目指したのか。
にっぽんの光には多くの影が潜んでいる。

正直に生きることは裏切られ、嘆くその時、人々は何を真実とするのか。

誰もが、明日に希望を持つ為、生きる為、日々何かしら祈っている。
それは、神であり、現実であり、そして、母だ。
踏み絵や、真っ直ぐな人々が命を落とし、今のこの自由な時代があることを忘れてはいけない。

静けさを動かすものは、人、そして、心でしかないのかもしれない。

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tora

4.0映画『沈黙 サイレンス』評

2017年1月23日
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映画『沈黙-サイレンス-』(米2016/マーティン・スコセッシ監督作品)評

-音が探求する真実を映像に求める時観る者は捜索者として君臨する自己証明の有りかを液体の変容過程の中に見出だすのである。その時人は映画が炎という記号が醸す光の存在である宿命を認識するであろう。それがリュミエール兄弟への潔い諦念である事を再認識させるに足るこれは映画の原点を光と影に求めるまさしく探求者の映画である-

 深い霧が立ち込める地獄温泉での宣教師の棄教の為の熱湯による苛酷までの拷問作業に従事する幕府方の周囲には霧深さを浸透する湯気の荒々しさまでもが加担する蒸気と大気のあくなき交錯が醸されそれは映画に独特のダイナミズムの発生装置を担わせる。
 マーティン・スコセッシ監督はこの膨大に廻したであろうフィルムから元編集マンの実績からも無駄を省いた自己の映画論を宣うべくキリスト教がヤソ教と蔑まれ禁令さえ発する日本の江戸時代との確執の中でまずポルトガル宣教師の強靭なる意志力によって耐え抜く為の力学を五島列島のかくれキリシタンに伝授してゆく。筑紫守の強硬な踏み絵作業に加担しない人間への痛烈なシウチには宗教戦争の過酷さを知る事だろう。
 さわさわと騒ぐ虫の音がピークを迎えた途端なりやむ時映画はタイトル『サイレンス』だけが黒画面に描かれる。この時この映画が例えモノクロであっても何等不自由しないとも謂えるほど血の赤さが鮮明さを誇示するのも幾度も踏み絵の対象となるイエスの肉体そのものの静止がまさに沈黙という二字に纏わる事でこの映画が沈黙と深く渡り合う時こそが映画の説話的磁場である筑後守の制度との沈黙の闘争劇として成功している。これはそんな音の探求が映画という視力を得たものの特権を担う観衆自らがこの宣教師に擬え音から派生する映像に於いて真実への捜索者を施行するノエマによる自己証明へのあくなき探求を量る事となる。
 それは主題とも関わる記号体系としての液体による変容が映画の進行により様々な形態を示唆するプロセスを歩む時のキリスト教に於けるナチュラリズムの根源を伺わせる。島雨特有の冷徹さに満ちた水の表情はやがて神の沈黙に於ける宗教が切り捨ての被写体と成るときこそかくれキリシタン達の責め苦の材料として十字架に張り付けられ冬の高波に浴びせられ死んでゆく凶器とも謂えるだろう。または宣教師の喉の乾きを癒す為の雨水からそれが人間誰もが流す体内の血肉が拷問の一環として役人がかくれキリシタンの若人の首を撥ね囚人達の罵声と泣き声のカオスからその身体を引きずる時の血の轍が死生観を喪失させる唯物的描写はいかにもユマニストに
徹するスコセッシらしい呆気ないそぶりが潜んでいる。
 そして行方不明のフェレイラ神父の回想場面での拷問として逆さ吊した時に耳に開ける傷から自然に漏れる血の色にはキリストのたっ形を倒錯させた拷問形態としてその苛酷さが窺えるのだがこれこそは彼の踏み絵と棄教の原因ともなるまさに人間回帰の原点的な血でありこのキリシタン狩りによる自己犠牲の儀式の終焉としての収束した血でもある。
 然しそれは決して最期ではなくスマキにされた女達を舟からふるい落とし海水による溺死へと導く時の凶器の海水そのものが晴天下に行使される時映画はマリア不在の悲劇的クライマックスを向かえる。
 スコセッシはこの液体の変容過程からも自らを宗教映画監督とは決して見做さず虚構的空間に於ける唯物史観に則ったイタリアン・ネオ・レアリズモの申し子或は末裔として任ずるこの水にキリストの顔を浮かばせるほど些かシニカルな視点を有しており決して審美観でフィルムを廻してはいない。そこが似た題材を映画に持ち込んだタルコフスキーへのシニカルな一瞥でもあろう。
 マーティン・スコセッシ監督はこの雄大な土地を背景とした映画の中で自然が創造したキリスト教の当時の位置をその自然界を司る天・地・水・風そして映画誕生の兄弟リュミエールへ敬意を払うべくラストの宣教師の収まった棺を炎で焼く場面にカメラまでもをその中まで侵入させる時晩年は棄教し検閲等で余生を暮らしていた死んだ彼のその手の中に光る木彫りの十字架のイエスに接近する時この映画の主題体系が実はフランス語リュミエールの意味に自然と繋がるのだ。もうお分かりだろう。それは常に女性名詞(マリアに代表される)である所の「光」の存在であるからに他ならない。
(了)

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シネフィル淀川

4.0浅野忠信は色気で人を殺せる

2017年1月23日
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の

3.0「ラスト・プリースト」なわけで

2017年1月23日
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悲しい

知的

重厚で厳かな圧倒的な画力。ブラックアウトで始まり、ブラックアウトで終わる。そこには自然音だけが響いている。"神"は一貫して沈黙したままだ。エンドロールの余韻が深い。

カトリック信者であり、キリスト教文学を多く残した遠藤周作だからこそ、生来のクリスチャン(=マーティン・スコセッシ)による映像化は待望といえるかもしれない。ただひたすらにスコセッシの原作への想いが強く迫ってくる。

キチジローは"ユダ"だし、ロドリゴは"イエス"、井上筑後守は"ローマ総督"なわけで、クリスチャンに刺さる内容ながら、一方で宗教的な解釈を持たず、単なる歴史映画として観ることもできる。日本人による日本語で書かれた原作なわけだから、自由な解釈で観てかまわないはず。エンターテイメント性はゼロだが・・・。

「ラストサムライ」(2003)ならぬ、「ラスト・プリースト」である。"日本人って何なのか"をガイコクジン目線で語られるとドキッとする。そんな映画のひとつになる。"大自然"に神を見い出し、"絶対神"ではなく、キリストを自己都合の解釈で消化してしまう日本文化の土壌を客観的に指摘していたりして。

カトリック信者には評価が分かれる原作だが、字幕をカトリック・イエズス会司祭で上智大学文学部教授の川村信三氏に監修依頼しているので、しっかりと考証のバックグラウンドは押さえられている。

ホントは茶化しちゃいけないとは思いつつも、宣教師フェレイラ役のリーアム・ニーソンは"クワイ=ガン・ジン"だし。悩む司祭仲間のアダム・ドライバーは"カイロ・レン"だし。そうなるとフェレイラを"師"と仰ぐ、アンドリュー・ガーフィールドが長髪を後で縛っている姿がユアン・マクレガーに見えてくる(笑)。すみません。

(2017/1/21/TOHOシネマズ日本橋/シネスコ/字幕:松浦美奈/翻訳監修:川村信三)

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Naguy

3.5「観てよかった」と「観て欲しい」の違い

2017年1月23日
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だいきつ

5.0信仰

2017年1月23日
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悲しい

怖い

難しい

信仰とはについて考えさせられた。他人を犠牲にしてまで貫く宗教とは...
無信教である自分には到底理解できない境地であるが、よくも悪くも自分で答えを出すことが人生ではないだろうか。
全ての俳優の演技が素晴らしく、ウルフオブウォールストリートの後に本作を撮影した監督の手腕には脱帽。
時間をおいてもう一度鑑賞したい。

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マメ

1.0やってしまいましたね、

2017年1月23日
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笑える

単純

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Deneb

違和感あり・・・

2017年1月23日
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フィットくん

4.0役者が、ナーバスになるのも納得・・・

2017年1月23日
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悲しい

怖い

ハリウッドが、日本を舞台にここまで作り上げたら邦画は敵わない。

映画好きとしては、クワイ=ガン・ジン、スパイディ、カイロ・レンを演じた俳優さんだったのと、窪塚さんや浅野さん、尾形さん以外にも・・・
えっ!て感じで、馴染みの日本人役者さんが惜しげも無く出演してるので、難しく考える間もなく物語に入り込めました。

ただ内容的には、胸が詰まる思いと痛さと理不尽の連続でかなり重いですが、その中で、キチジローが何度も何度も懲りず同じことを繰り返す・・・
しつこいくらいに繰り返す・・・・
宣教師ロドリゴが、心痛に見舞われてる時に限って現れる・・・・
役に入り込んでるアンドリューと一発即発にもなるったって、窪塚さんの後日談にも納得の☆4.2

出来れば朝や昼間より夜観て帰るだけにしないと・・・長くキツイ1日になると思います。

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eigatama41

3.5思ってたほどには重くない

2017年1月23日
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怖い

知的

悲しい

覚悟して見たからか、思ってたほどには重くはなかった。
遠藤周作氏は何を言おうとこの物語を記し、 マーティン▪スコセッシは何を想いこの映画を作ったのか?
日本人の多くが流暢に英語話す以外は日本の描き方に違和感はなく見れたのはさすがはスコセッシと言うとこだろう。

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花形右京

3.0原作ファンとしては…

2017年1月23日
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drako

4.5女性と見に行く映画ではないが圧倒的迫力のハリウッド映画 必見

2017年1月23日
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この映画は家族や夫婦で見る映画ではない。むしろ一人で人生とは信仰とは何かを考えながら見る映画。人には命より大切な物がある。それが家族であったり、自分の信じるものであったり人それぞれであろう。最初から弱き者をこれでもかと代官がキリシタン達を拷問する。貧しい農民達にとってキリシタン達は信仰が全てであった。自分が何かを捨てなければならない時、彼等にとって最後まですてられないものは信仰であった。神父の祈りに対しても神は沈黙し何も答えない。村のキリシタンは海に建てられた十字架の上で3日生き続け、引き潮の時には賛美歌を歌いそれが村に響く。何か崇高なものを見たような気がする。これはまさしく現代ではあり得ない日本人がなした崇高さである。キチジロウは私のように弱くずるく、汚い人間である。しかし信仰を捨てられない。神父につきまとい神父からも軽蔑されているが、最後には神父から一緒にいてくれてありがとうと言われる。最後に神は沈黙を破る。このシーンではたぶん一人であったら涙が出ていたと思う。涙をこらえるに必死で腹が痙攣するほど動いていた。娯楽はないが確実に感動する映画であり、映画の価値も非常に高い。

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やす

3.0地味ながらも時間を感じさせない。窪塚が存外いい。

2017年1月23日
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地味ながらも時間を感じさせない。窪塚が存外いい。

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ghostdog_tbs

5.0弱さと強さはコインの裏表かもしれない

2017年1月23日
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約400年近く前の日本の九州が舞台であるが、単なる信仰を扱う映画としてでなく人間の内面を見つめる映画としてよく出来ている。スコセッシ監督は映像ドラマとしてしっかり作っている。特に誰しも好きではない拷問場面は苦痛を感じるが、これも考えるためのツールとして割り切るしかない。
テーマは宣教者のような高い理想を目指す人間だとしても、やはり逆境のなかでは完全とはなり得ないことを示している。この映画にはヒーローはおらず、登場人物が弱さを持ち同時に強さを持つ。卑怯なやり方で人間の外面をどのように変えようとも変えられないものはある。それが信仰であったり信念だったりする。
日本人俳優はイッセイ尾形の奉行や通訳の浅野忠信はじめ多くの俳優に存在感があった。個人的には窪塚洋介のいい加減なキチジローが共鳴できた。弱さを持ちながら必死に生きている。こういった弱い人間を愛することが出来るのは神しかいないかも知れないが…。静かに人間のあり方を考えることができる至高の映画である。

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ヤマザマン

5.0信仰や疑い、弱さや人間のありようについて深く考えさせられる傑作

2017年1月23日
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泣ける

悲しい

幸せ

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流山の小地蔵