劇場公開日 2017年1月21日

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「神は今も沈黙しています」沈黙 サイレンス あき240さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0神は今も沈黙しています

2021年4月30日
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鑑賞方法:DVD/BD

自分はキリスト教徒ではありません
正月には初詣に神社に行きます
結婚式は神前結婚でした
赤ん坊が産まれたら、近くの大きな神社にお宮参りして、お祓いをしてもらいました
子供が成長したら七五三で神社に行きました
両親もそうしたし、何の疑問もなく自分もそうしてきました
とすると神道なのかも知れません

とは言え、親の葬式は仏式でしたし、墓はお寺にあります
お彼岸には墓参りに行きます
法事やお盆にはお寺からお坊さんに来て頂いてお経をあげてもらっています
すると仏教徒?

でも年末になればメリークリスマス!とかいってます
つまり普通の日本人です

キリスト教との接点は殆どありません
教会には観光目的でしか立ち寄ったこともないし、神父さんには直接会ったこともお話を聞いた事もありません
その自分が体が震えるほど感動しました
日本の自然の音だけがする沈黙のエンドロールが終わったあとも動けずにいました
そしてしばらくすると声をあげて泣いてしまっていました
キリスト教徒でもないのになぜ?
そこまで心が震えたのだろう?

終盤の葬式のシーン
あのシーンはキリスト教徒が、それも司祭だった男が、異教徒の僧侶に異教の神が待つ異教の天国へ送られるシーンなのです
キリスト教徒なら身の毛もよだつような、そう死後の永遠の魂を悪魔引き渡そうとしている儀式に見えるのではないでしょうか?

信じる神を否定されること
自己の精神が成り立っている根底の価値観を否定され、そこから完全に切り離されること
それだけでなく、積極的に自らそれを否定する事を強制されること
死してもなお、自己の信じるものと違うことを強制されること

それがどれほど残酷な、それまでのどんな拷問よりも恐ろしいことか
そういうシーンだったように思えました

そして井上筑前守や奉行所の面々の言説をつい最近聞いたようにも思いました
それも何度も
猛烈な既視感に襲われました

もちろん今の日本は信教の自由があります
自分の信教、思想信条を他者から強制されることはありません
信じるものを捨てないからといって、苛烈な迫害や、捕らわれて暴力的な拷問にさらされることなどありません
信じるものを捨て去ることを強制されることはありえないのです
なのになぜ既視感が?

それは香港です
つい最近まで、あれほど民主化運動で盛り上がった香港は今では本作の舞台の島原や五島のようです

民主主義を信じる者は厳しく詮議され、迫害され転ばされているのです
まるで同じです

中国政府の報道官がいう耳障りの良い言い方は、本作の劇中で井上筑前守や奉行所の面々の言うことと本当に似ているではありませんか

21世紀の中国大陸では香港だけでなく、全土で「キリシタン狩り」が行われているのです
本作と同じです
天安門の虐殺は島原の乱と同じです

この物語は17世紀の日本の話ではないのです
21世紀、現代の隣の国で今日も起こっていることなのです
こんなことが21世紀にあってよいのか
自分達と同時代に生きる人間に降りかかっていて良いのか
なんと恐ろしい
身の震えることです

その事に思い至ったとき、堰を切ったように激情が噴き出したのです

中国の人々のこと
香港のこと
ウイグルの人々のこと
よその国の話
日本人には関係が無い?

欧州のあるファストファッションの企業はウイグル人の犠牲の上になる原料の使用を止めると表明したところ、中国全土の数百もの全店舗をいきなり閉店させられました

中国で展開する日本の企業にも、これをどう考えるのかとメディアから問われました

中国の対応に震え上がったある日本企業の社長は、いままでどおり使うと言いました
それも複数の企業の社長が

棄教した司祭と同じです
踏み絵を踏んだのです
知らない振りをして商売と政治は別と割り切る
それでいいのかも知れません
神は沈黙するのみです

あるのは自己の心の中にあるそれぞれの神に、やましいことはないのか?
恥ずかしいことはないのか?
軽蔑されることはないのか?
それだけです

その企業は、いやあなたは
キチジロウとどこが違うのか?
このようなことを書いている自分もまたキチジロウではないのか?

それを本作は鋭く問い、追及してきます
日本人が本当に信じるところはなになのか?
いや、自分が、あなたが信じるところはなになのか?
信教と思想信条の自由と民主主義
それは文明社会が歴史を経て確立した普遍的な価値なのではないのか?

中国は沼地なのか?
中国が沼地なら、日本もいつ沼地になるかも知れないではないか

神は今も沈黙しています
自然の音だけが聞こえるのみなのです

香港で民主主義を棄てろと強制された人の耳には香港の自然の音がするのみです
自然の音
それはその土地の風土の持つ音

香港の風土
中国の風土
ウイグルの風土
そして日本の風土

民主主義は根付かないのか
なぜなのか?

そのような思いが一度に噴き出たのです
だから号泣したのです

恐るべき傑作です
今こそ日本人が観るべき映画です
評価するメーターが振り切れる傑作です

あき240