胸騒ぎのシチリア : 映画評論・批評
2016年11月15日更新
2016年11月19日より新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座ほかにてロードショー
原案の大筋は保ちつつ独自のひねりと磁力を差し出す、スリリングなリメイク作
南仏のリゾート。プールを望む優雅な隠れ家で”恋のバカンス”を満喫する大人なカップルの下に女の元恋人が娘を伴いやってくる。微妙な二重のラブトライアングル、そうして迸る殺意――。公開された1969年当時、実生活でも殺人事件がらみの醜聞に巻き込まれていた人気スター、アラン・ドロンの虚実皮膜な話題作「太陽が知っている」を「ミラノ、愛に生きる」の監督ルカ・グァダニーノと主演女優ティルダ・スウィントンがリメイク、大筋は保ちつつ独自のひねりと磁力を差し出すのが「胸騒ぎのシチリア」だ。
お気楽にゴージャスなリゾート・ロマンスかと錯覚させるタイトルを裏切り、映画はシチリアとチュニジアの間に位置する火山の島のむきだしの自然、荒々しい官能と美をそのまま持ち味としてみせる。あるいはハイブランドを着こなすロック界のスターをヒロインに、いかにも今日的な嗜好(例えばミネラルいっぱいの泥パック、島民手作りのリコッタチーズとかとかのおしゃれな自然派ぶり)を押さえつつ、リメイク版は69年版のヒロインのしっとりとした成熟よりは、大人になれないヒロインや世界の過激さ、尖りの方を積極的に見出していく。
いきなりの来訪を告げる元恋人(レイフ・ファインズ!)からの機内電話がヒロインと年下のパートナーとの和みのひと時を妨げる。と、ふたりの横たわる大地にみごとにくっきりと機影がよぎる。そのぴたりとしすぎのタイミング。これみよがし寸前のドラマチックがちんまりと程よい趣味のよさに収まったりしない監督グァダニーノの興味深さを縁取る。そんな監督にヒロインが声帯の手術直後で沈黙を強いられるとの設定を提案したスウィントン。「ミラノ、愛に生きる」の彼女は、名門に嫁いだロシアの娘が自身の名前を奪還するまでの歩みをメロドラマの底に響かせた。今回もふたりの恋人の間で揺れつつ失くした声/自分を取り戻す軌跡をゆっくりと浮上させる。そうすることでどこまでもドロンの映画だった69年版に対し、リメイク版はヒロインの映画へのシフトも軽やかに成し遂げている。その意味ではロリータな娘役をきめるダコタ・ジョンソンのじわりと効いてくる存在感も見逃せない。男の映画から女の映画へ、スリリングな転回に時代を映すリメイクとしても要チェックだ。
(川口敦子)