ブレードランナー 2049のレビュー・感想・評価
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前作を見事に補完してくれた作品。
前作ファンでは無いですが、雰囲気は好きと条件でレビュー致します。前作を直前まで観てなかった友人の評価は「普通」でした。
周りの低評価理由はやはり上映時間が長く(理由はありました)、前作と同じ様な眠気を誘う効果音&単色を基調とした映像がキツかったと思われます。
また、情報量も多く前作の情報も欲しい所です。
かなり体力が削られます。
私も体調万全で臨みながら、今日は映画一本でいいやと思った程ですから。
逆の高評価理由は前作を補完した内容と、新しい軸を魅せてくれたのが理由では無いでしょうか?
・高評価理由を3つ程。
82年の前作は「人間vsレプリカント」ですが、今回はレプリカントが「旧」と「新」に分かれ、人間を含む三つ巴となっている物語です。
更に生命誕生の摂理に反する「カオス理論」的要素(これは別映画「ジュラシックパーク ロストワールド」でありましたが、生命ルール的に産まれる筈がないのに産まれる=摂理に反する)が加わり、今迄に無かった物語となっています。
これが「レプリカント」だからあり得る話であって「クローン」では実現しない話です。
次に、前作は近未来描写とレプリカントと言う人間に近いモノを創作し驚かせてくれましたが、今回は「joi」という仮想生命体が驚かせてくれる事になります。
VRが現実世界で流行してますが、VRが更に進化し近未来この様な仮想生命体が産まれるんだろうな的な存在です。
ここまでくると(「劇場アニメ版攻殻機動隊 ゴーストインザシェル」的に言わせて頂くとすれば)「入る身体は違うけれど、魂はそれぞれで自我を持ち、共存出来る世界がくるのでは?」と人間性を哲学的に前作同様今回+αとして考えさせられました。
最後の理由は物語の展開です。前作ラストで「結局どうなったのよ?」的内容が今回の二転三転する展開により、今回で補完されています。
私的に納得のゆく補完(終わり)方法でした。
(逆に言わせてもらえば、前作ありきの作品だと思います。)
長々と書かせて頂きましたが、映画ファンとすれば「続編作ってくれてありがとう」と言わせて下さい。
最後にK扮するゴズリングはララランドよりこちらの役柄の方が好き。レイチェルは似てなくて残念。
この世界観が好きな人にはたまらない
前作ほどではないけど
世界観が、最高に良かった
163分・映画.com3.8・4D鑑賞
163分と長い作品だが、飽きることは無かった。
この世界観がいい!
荒廃したダウンタウンは、3つの乳房がある娼婦の世界の『トータル・リコール』を思い出す。
ホログラムのジョイ役のアナ・デ・アルマス、役にドンピシャ!
エンドロール10分間位あったが、それが1番長い、結局何も無いし…
私的には、4Dは何故だか身体の調子が悪くなる。今回も最後の最後、キツかった
前評判
すっげーよかった
難しい...
SF最高傑作
アナ・デ・アルマスの造形の美のみ
完璧な続編。
「人間らしさ」とは
SF映画、傑作が続いた。ドゥニ・ヴィルヌーヴの『メッセージ』に続くこの『2049』は、やはり文句なしの傑作だ。
本作は、前作のテーマでもある、「レプリカントがレプリカントたり得る要素とは何か」という深淵なる主題をより深く掘り下げている。ジョイがKに言った、「人間も所詮ATGCからなるデータだ」という言葉は、より人間とレプリカントの境界を曖昧にする。作られた人間には魂がないというが、果たして本当にそうだろうか。
人間は、単なる自然の一部でしかない、という消極的なアイデアがある。つまり、人間は我々が考えるほど崇高なものではない、というニヒリズム的思考である。我々が生きる目的など存在しないのだ。この観点を当然にしているのが科学である。
しかし、科学は、本当に我々が自己蔑視するに値する十分な根拠となり得るのか?それは、我々が持つ意志や人間とは何者なのかという疑いを隠し、理由をつけてただそこから逃げているのに過ぎないのではないだろうか。
ニーチェは、人間が人間たり得る要素は「力への意志」であるという。力への意志こそが、人間を動かす根源的な動機であり、できるだけ良いところに昇り詰めようとするのだという。そこに人間らしさが存在しているのだ。(しかし実際には、科学やキリスト教などは、より良い理想の欠如によって我々は「無を欲」したために所謂「禁欲主義的理想」となって永らく崇拝されてきたのであるが。)
『2049』では、ラヴとジョシのシーンが示唆的だ。ジョシは、レプリカントが繁殖したという事実を「無」かったことにしようと尽力する。ラヴはそんなジョシに、真実を理解しようとしない愚か者の人間であると罵り、殺害する。
Kを保護した反乱軍にしても、自ら「力への意志」を追求するレプリカントは人間よりもはるかに人間らしいだろう。他方の人間は、彼らから目を逸らし、自身の存在を正当化するように、レプリカントを排斥する。自らの存在を揺るがす恐怖を隠蔽し、逃避するため、「無力」へと力を使う「禁欲主義的理想主義者」の姿である。
そうして、人間とレプリカントの境界が揺らぎ、混濁したのだ。人間はATGCの配列によるデータでしかない。それはレプリカントも同様だ。両者のボーダーが崩れ去った時、あの荒廃した極ユートピアの世界に、真の理想は誕生するのだろうか。自らを神格化し、レプリカントの製造を進めるウォレス博士こそが、その理想が「視えている」のかもしれない。
両者の境界をぼかした上で、彼らの子供は果たしてどちらだと判別されるのか、そんなことは真のユートピアにおいてはもはや問題ではないのだ。
30年前ではあり得なかったが、30年後の現在だからこそよりリアリティと危機感を煽る、壮大な社会的テーマを扱った『2049』は、確かに「映画続編の最高傑作」と言われても納得できるほどだった。やはりドゥニ・ヴィルヌーヴらしく、脚本だけでなく、映像はどのシーンを切り取っても美しく、音楽も素晴らしい。彼の作品は一通り観たが、間違いなく現代映画界において最も力のある監督の1人であることは間違いない。
彼の作品にリアルタイムで出会えることが、本当に幸せである。
高評価の謎
アンドロイドは2次元嫁の夢を見るか?
命の意味
胸が締め付けられる
原作の題名は「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」。生きたペットを飼うことが特別なことになった時代、人間は電気羊に偏愛を寄せる。果たしてアンドロイドは人間のように電気羊の夢を見るのか?
電気羊への偏愛が最も人間らしい要素だとすると、ジョイを愛するKは実に人間らしいわけだ。
「あなたは特別」って励ましてくれるジョイの可愛さと二人の繊細な愛情表現にグッとくる。
一度社会がシステム化されてしまうと、善良な市民はその枠組みの中で自分の役割を遂行して生きていく。悲喜こもごもあり、あらがいながらも「切ないよ」と嘆くのが関の山。システムに組み込まれることの恐ろしさを痛感する。
完璧なレプリカントとして生かされるKは、まさに現代人へのオマージュだと思った。
最後まで誰よりも人間らしいKの切なさはさることながら、普通の青年が戦争に行かされる現実や、カズオイシグロの「私を離さないで」の若者たちを連想して、胸が締め付けられた。
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