「コレ絶対、映画館で見ないともったいない」あゝ、荒野 前篇 Naguyさんの映画レビュー(感想・評価)
コレ絶対、映画館で見ないともったいない
昭和のマルチクリエイター、寺山修司の唯一の長編小説(1966)の映画化である。寺山修司の愛したボクシングをテーマにしていて、映画には競馬のエピソードも出てきたりもする。
コレ絶対、映画館で見ないともったいない。プロボクサー役の新次を演じる、菅田将暉のホンキが見られる佳作。まだ、前編だけしか見ていないが、たくさんある菅田将暉の出演作の中で、シリアス系の代表作になると思う(彼はコメディの実力も一流だから)。
しかも共演が、ヤン・イクチュンときたもんだ。代表作の「息もできない」(2010)は、監督デビュー作でありながら、主演・脚本もこなし、各国の映画祭でグランプリを受賞した名作である。ヤンは日本人と韓国人のハーフの二木健二を演じる。
新次と同じくプロボクサーをめざす健二は吃音症で、会話がままならない。それで、ヤンがキャスティングされたのかと思いきや、実際には普通に日本語のセリフを発声するより、むしろ難しいことが分かる。やはり「息もできない」の世界観イメージを期待されてのことだろう。
本作は、前・後編で157分+147分(5時間)という大作でありながら、公開館が異常に少ない。
それもそのはず。劇場公開前の9月29日からU-NEXTで先行配信が始まり、本編を6回に分けて配信、さらに11月1日にはBlu-ray発売されてしまう。これは"映画"なのか?
映画は興行であり、カネ儲けの構造が変われば業界も変容する。現在の主たる興行ウインドウ(公開形式)は、"劇場→レンタル→放送(配信)"であるが、トレンドは米amazonやNetflixを始め、世界的なネット配信事業会社がオリジナル映画を作る時代になりつつある。
さて、本作の舞台は"昭和の新宿"(原作)から、"近未来の新宿"にアレンジされている。具体的には"東京オリンピック後(2021年)"である。わずか4年後の話なので、きっと街並みも変わらないだろうし、なぜ、この設定なのか。
おそらく、新次(菅田将暉)の彼女・曽根芳子を東日本大震災の被災者に設定するためではないだろうか。原作でも、芳子は母と共に地震の被害に遭ったことになっており、震災(2011年)から10年後とすることで、平行して描かれる事象の背景も整理しやすくなる。
とくに近未来に意味はないだろうが、"東京オリンピック"という国を挙げての一大イベント後に予想される経済反動や、遅々として進まない震災復興、社会の閉塞感は変わらない、という"やるせなさ"を表現しようとしている。
もうひとつ。本作は始まったとたん、ギョッとする。上映アスペクトがヨーロッパビスタ(1.66:1)なのである。ヨーロッパビスタは、スタンリー・キューブリック監督がこだわったアスペクトとしても有名で、サイズ的には通常のアメリカビスタとほとんど違わないはずなのに、全画面が視野内にしっくり収まる。
横幅が狭く感じるので縦方向の広がりが強調される。これらによってリング上でのクローズアップになる試合の迫力が違う。明らかにヨーロッパビスタは意図した効果をあげている。
映像の高さ感を目一杯、味わうためには、見上げるような大スクリーンで観たほうがよく、U-NEXT配信を家庭用テレビで観てしまうと、この感動は矮小化されてしまうだろう。また劇場を選ぶにしても、ミニシアターは避けるべき。首都圏在住ならばピカデリー系をお薦めする。
(2017/10/9 /丸の内ピカデリー2/ヨーロッパビスタ)