劇場公開日 2016年12月10日

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「我々は皆、人に語れる物語の主人公たれ!」ミス・シェパードをお手本に MPさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5我々は皆、人に語れる物語の主人公たれ!

2016年12月6日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:試写会

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幸せ

瀟洒な住宅が並ぶ北ロンドン、カムデンで、黄色いおんぼろワンボックスカーで暮らすホームレスの老女、ミス・シェパードを、なぜ、劇作家のベネットは車ごと庭に招き入れたのか?ベネットが単に物好きな男だったからではない。ミス・シェパードのシビアな人生経験に裏打ちされた頑固さとユーモアが、彼の作家魂を否応なく刺激したからだ。あんな頑固婆なんか放っておけ!というコンサバな自我と、その状況を思わず文字に置き換えてしまう作家の性(さが)とが、つまり主観と客観が格闘する様子を、このジャンルでは珍しい合成を駆使した俳優の1人2役で描いているのは、終始主人公の自問自答方式で展開する映画の方法論としては理に適っているわけだ。一方で、シェパードとベネットは共に社会の倫理を逸脱した者同士独特のシンパシーと、深い孤独を共有し合う仲である。ベネットにとってシェパードとの出会いは、作家の創造力を誘発する千載一遇のチャンスであり、同時に、淋しい自分と向き合い、そこから脱却するステップボードでもあった。ラストで引用されるフレーズに耳を傾けて欲しい。「物語を書くのではなく、自分の中に物語を見出すのだ」。そう、作家ばかりではない。我々は皆、人に語れる物語の主人公たれ!それこそが、基になっている舞台劇の、本作のテーマである。

清藤秀人