ミス・シェパードをお手本に : 映画評論・批評
2016年12月6日更新
2016年12月10日よりシネスイッチ銀座ほかにてロードショー
英国の至宝女優による最高の当たり役。その気高さに心からの拍手を
ある時は魔法使いの先生、またある時は近代社会を生きる老貴族。持ち前のギョロッとした目、機知に富んだ個性で様々なアイコンを演じてきたマギー・スミスはまさに英国の至宝とも呼ぶべき存在だ。その人気は御歳81を数える今なお絶頂期を更新し続けていると言っても過言ではない。とはいえ誰もが待ち望んでいた主演作がこのような快作として結実するなんて驚きだ。本作は99年に上演された舞台を、同じキャストと演出家のチームで映画化したもの。彼女はここで、我々が見慣れた英国貴族役からは想像もつかない、訳ありのホームレスを演じている。
ことの始まりは一台のバンだった。愛車を走らせ住宅街にたどり着いたミス・シェパードはその車内にておもむろに寝泊まりを始める。服はみすぼらしく、身体からはすえた匂い。おまけに性格も最悪で、楽器の音が聞こえると「うるさい!」と怒鳴り散らし、住人たちの親切にも「だから何?」とお礼の言葉すら口にしない。しかしある日、駐車違反を問われそうになり、独り身のアランがうっかり「うちの軒先に車を入れるかい?」と言ってしまったが最後。彼女はすっかり居ついてしまい……。
いま、アランと言ったのは、この物語のもう一人の主人公、高名な劇作家アラン・ベネットのことだ。彼は本作の書き手で、つまるところ一連の出来事は全て実話である。さすがその語り口は非常にユニーク。シェパードとのやりとりを通じて、老い、信仰、コミュニティ、人生についての機微を軽やかに浮かび上がらせようとする。また舞台となるカムデン・タウンの魅力も避けがたい。付近住民が口ではあれこれ言いながら、実は心のどこかでバアサマを気にかけているのも、様々な要素を吸収して伝統を築いてきたこの街らしい特色といえよう。
結局、ミス・シェパードとの交流は15年も続く。癇癪玉のような彼女の性格は歳月を経ても相変わらず。だが、そこに発露する演技はますます深みを帯び、一つ一つの身のこなしやセリフまわしに、時に少女のような可愛らしさ、必死に神に祈る敬虔さ、いつまでも失われない気高さがひしひしと。その神々しさを前に思わず頭を垂れそうになってしまうほどだ。これぞ至宝マギーのさりげなくも奥深い神業。爽やかな余韻のラストも相まって、まさに私たちの観たかった彼女の魅力が詰まった新たな代表作が誕生した。
(牛津厚信)