「そのレシピの味(思い)があなたを満たす」ラストレシピ 麒麟の舌の記憶 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
そのレシピの味(思い)があなたを満たす
昨秋、劇場で観ようと思いつつも、時間やお金の都合で断念した本作。
観た人の評判の高さは聞いていたが、なるほど、納得。
滝田洋二郎が手堅く手掛けたヒューマン・ドラマの佳作であった。
一度口にした味を忘れない“絶対味覚”を持つ料理人・佐々木充。
才ありながらある理由から、多額の報酬で依頼された料理を作る孤高の身を送っていた。
そんな彼に、奇妙な依頼が舞い込む。
中国料理界の重鎮から、ある料理のレシピを再現して欲しいというものだった。
それは…
実現していたら世界の料理史に刻まれていただろう“大日本帝国食菜全席”。
考案したのは、30年代、満州に渡り、充と同じく“絶対味覚”を持つ天才料理人、山形直太朗。
しかしそれは、幻に消えた。
その謎、レシピを再現する為直太朗の足跡を辿っていく内に、充は…。
現代と30年代が交錯して展開。
幻のレシピの謎を巡るミステリー的要素、直太朗の悲劇。
やがて充が知る真実とある思い…。
なかなか構成も巧みに練られ、伏線も張られ、引き込まれた。
充と直太朗、似ているのだ。
“絶対味覚”を持っているだけじゃなく、その天才気質。
ドライな性格で、料理に一切の妥協を許さない充。それ故、失ったものは多い。
直太朗は基本は温和な性格ではあるが、ひと度没頭すると周囲が見えなくなる。
最高の料理を作る為なら犠牲も厭わない二人。
プロでもあるが、何か欠けたものも感じる。
天才というのはいつの世も…。
それに、二人が“似ている”のは…。
物語の進行上、充視点で語られるが、主役は完全に直太朗であった。
満州に招かれ、依頼された世界最高峰の料理のレシピ作り。
世界を一つにするレシピを作る。
理想的でもあるが、彼がその思いやレシピにかける情熱は命以上のもの。
妻、日本から一緒に来た弟子、地元の手伝いの満州人と共に、理想のレシピを求めて…
直太朗のレシピ作りは苦難と悲劇が交互に。
レシピ作りに行き詰まる。
そんな時、支えになってくれた妻。
やがて妻は娘を出産し、命を引き取る。
最高の料理とは、レシピとは…?
直太朗は変わる。
そして遂にレシピが完成した時、軍から依頼されたこのレシピ作りの本当の理由が…。
それはあまりにも残酷。
妻や仲間と共に作り上げたこのレシピ、この年月は何だったのか…。
苦悩、ある人物を守る為にしたある仕打ち…。
直太朗の悲劇には胸締め付けられる。
歴史のうねりに翻弄され、埋もれたレシピは今、何処に…?
その存在に一歩ずつ近付いていくと共に、何故充にこのレシピ作りが依頼されたかも明かされていく。
先に述べた通り、それは巧みで意外性あったが(人によっては先読み出来るかも)、巧く纏め過ぎてちとセンチメンタルにも感じた。
でも、それに込められた思いは充分に…。
そのレシピは呪われたレシピでもある。
直太朗を始め何人を翻弄してきた事か。ある人物の命さえ…。
しかし、それ以上に、直太朗たちどれほどの人々の思いが込められたレシピであるか。
そのレシピ=思いが、今、充へ。
彼に届けられるべき、彼の為のレシピ。
充がその思いを知った時、見てるこっちも、胸もお腹も満たされる。
二宮和也はどちらかと言うと、受け身の役回り。
西島秀俊の好演光る。
現代パートで充の友人役の綾野剛も実は、支え人であった。
宮崎あおいは鉄板の良妻役だが、ちょっとお飾りの気が…。
本作の主役の一つ、数々の料理。
その美味しそうな事、美味しそうな事!
食べられる演者が羨ましい!
特にどれが食べたい?…なんて言われても、一つに選び切れません!
よく料理は愛情と言う。
それを一蹴する充。
しかしそれは間違っていないと思う。
精魂思いを込めた料理が美味しくない筈がない。
作る側が美味しさ、喜び、幸せを込めなければ、幾ら最高級でもそんな料理を食べても何の味もしない。
素晴らしい料理(作品)と味(思い)を堪能出来た。