サバイバルファミリーのレビュー・感想・評価
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テーマを広げ過ぎましたね。
「何故か全ての電気が使えなくなる日常」がテーマなのだが、エンジンの点火プラグやバッテリー&電池さえ使えなくなる内容。
(東日本大震災を経験した身から)この映画に現実味を帯びた予備知識行動内容を期待したら肩透かしをくらいました。
「こんなテーマ誰が面白いの?予備知識にもならん」状態です。
主演家族もアホ(ってか脚本がアホ)です。電気全て使えない(自動車だって利用出来ない)のに、父の実家の鹿児島に行こうと成田空港を自転車で目指します。飛行機飛ぶわけ無いじゃん。。。気づけよと。
アホらしい展開で前半上映時間の無駄遣いが続きます。
中盤から後半はマシに観れる内容。後半出てくる乗り物は察しがついていた。
そのサバイバル知識は間違ってるんじゃない?部分も個人的にあり。
テーマの割には内容が充実していない。もっと設定資料を集めるべきか、またはやっぱり一度震災経験した人を脚本家に置くべきだったと思う。(この映画にはいなかったと思われる)
飛行機で見た。 うーんちょっと実際に停電したときどうなるか?の想定...
飛行機で見た。
うーんちょっと実際に停電したときどうなるか?の想定が浅い感。
家族愛をテーマにしてるならもうちょっと緩急欲しいし。
面白い、けど、、
ヨーロッパからの帰国便の飛行機のなかでみたせいもあると思うけど、日本て本当になんとも不思議で、違和感を、もつ人が多いのだ、我が祖国なのに。
高校生の意味不明な話し方とか、サラリーマンの会社にかける情熱とか、本当にちっとも理解出来ない。この映画はそんな人たちが、少し普通になるための試練として、すべてのエネルギーが使えなくなるという状況に陥るのだけど、コミカルに描写していて、多分おかしいところも、笑うどころか泣けてきた。
というわけで、映画として面白い。でも、そんなことが気になって、心はしらけるばかりでした。
停電が起きた夜、妻役の深津絵里は夜空を見上げては思わず「綺麗ね〜!...
停電が起きた夜、妻役の深津絵里は夜空を見上げては思わず「綺麗ね〜!たまには良いわね〜!」と呑気に語る。
お祖父さんから定期的に贈られて来る魚介類や無農薬野菜。
魚の捌き方も分からず途方にくれる妻。無農薬野菜には虫が付いており、手で触るのもままならない。
娘は絶えず睫毛を気にしていたり…と、正直なところ友達との関係にはへきへきしており。父親は誰もが気付いているのに、自分の見栄えを気にしていた。
こうしてこの後、このファミリーが遭遇する悲劇が暗示される。
遂に一大決心をし、このファミリーは大阪以降。最終的にはお祖父さんの居る土地を目指す事になるのだが。(おそらく)日本中の人達が大移動をするその光景は、深読みをすると何だか難民問題の様ですら有る。
その際に色々と遭遇する人物達。
人間が生きて行く上で、最も欠かせないモノと言えば【水】に他ならない。
厳密に言えば日本人と言う民族は。戦後の驚異的な復興や、3/11の震災を見ても分かる通りに、困っている人等が居ると助け合いながら前に進む民族だと思っている。
この映画に描かれていた【有る種の人達】だが、もしも本当に“その様な時”が訪れた…としても、個人的には映画の中で描かれる様な事はなかなかあり得ないのではないか?と、思っては居るのだが…果たして、そんな想いは夢物語なのだろうか?
原案・脚本共に監督自らのオリジナルの様だ。
電車に乗ると分かるのだが。乗客の殆どはスマホ等を手にしては、他人との距離を置き自分1人の世界に没入する。調べモノをする時はネットだし。昔はサザエさんの様な大家族は多かったが、今は核家族化が進み、家族間ですら会話が無くなって来ている。
電化製品は至れり尽くせり。どんなニーズにも対応出来、出来ない事は無いかの如く進化が止まらない。寧ろ必要無い機能の方が多いのでは?と思うくらいだ。
おそらくは現代人が、その多様な使い勝手に毒されてしまい忘れてしまった事の方が多いのでは無いか?…とすら感じてしまう。
あくまでも予測でしか無いのだが。監督自身はその辺りを描きたかったのではないだろうか?
しかし、作品の最後に描かれたその結末。それは…監督の想いとは異なる意味合いに取れなくも無いのだ。
あの夜空は美しい夜◯に変わってしまっただけに。
曰く…。
「ほら見ろ!◯発がちゃんと稼動すると生活が安定するだろー!」…と、受け取る人が出かね無いのが少し気になってしまった。
(2017年2月12日 TOHOシネマズ府中/スクリーン7)
スィングガールズとかがよかったので、期待してたけど、そこまでではな...
スィングガールズとかがよかったので、期待してたけど、そこまでではなかった。
スリーリーや設定の破綻しているところが多数。
世界レベルで電気つかなくなるのはいいとして、ガスやスマホが使えないとか意味が分からない。
しかも、その原因がなんだかはっきりしない感じで終わるので、パニック映画としても腑に落ちない。
地元のTVでSLがキーポイントだと言ってたが、まさにそう。でも山口~鹿児島まで走ってんの!?
どこに焦点を絞るかが曖昧ですべてがぼやけてるのでは。電気止まったパニック映画なのか、サバイバルして勇敢になっていく成長系なのか、立ち寄るところでの人の冷たさ・温かさに触れる人間ドラマなのか。。。
最高のエンターテイメント!
リアルタイムで映画館で観ることができなかったけど、名画座の上映に組まれてて滑り込みで観てきた!
期待通り、期待以上のストーリーで思わず涙
ちょうど私も娘さんと同い年だから、共感できる部分がいっぱいあった
観終わって、お父さんには優しくしようって思った笑
リアル?どうだろうか?
主題は家族の絆だとおもうので、
電気がなくなったらもっと暴徒化するんじゃない?
とか、
電気がないってことは、原子炉の制御とか平気だった?
とか、
色々むしろ考えてしまったのは余分なのかなと思います。
俳優の皆さんは皆演技派で、
正直花はないと思ってみてましたが、
安心してみていられました。
自分だったらどうするかな~ってみるのが、一番面白いと思います。
生き残れない自信あり
面白かったな〜
ある日突然、世界中の電気が使えなくなってしまったら…
片時もスマホを手離せない都会暮らしのヘタレ人間の私としては
こんな生活では、生き残れない自信ある
そして、もしも、これと同じことが起きたら
我が家はガスを点火するのも電気で制御しているので
何もできないことに気付く
となると、やはり、そんな時に強いのは田舎暮らしで
でも、今さら田舎で暮らせと言われても
それもまた厳しいなと思い、途方に暮れちゃう映画だった
でも、この映画はそんな田舎暮らしを推奨している訳ではなく
「こんなことが起きたらこうなるよ」とシミュレーションしただけで
いつか起きる大地震に向けて
各自考えてみるのも良いかも
人間生きていくには**があればいい
やっぱり矢口監督の作品というのは、観に行って「ハズレ」ということは「ほぼ」ないんですね。
本作もお金を払って観る価値あり。十分面白いです。
出演している俳優さんもベテラン、新人取り混ぜて、なかなかいい布陣だと思います。
主役のお父さん役に小日向文世さん、
典型的な一昔前の会社人間を演じます。停電で電車が止まっても、必死で会社に出勤するような人です。
バリバリ仕事をすること自体が”生きがい”みたいな人。
まあ、こういう人は仕事以外、家事などは何一つできない、ということが多いんですが……。
まあ、それは映画が進行するにつれ、色々とわかることなんですね。
奥さん役には深津絵里さん。本作では大学生と高校生、二人の子供を持つ主婦を演じます。
李相日監督作品「悪人」での演技はすごかったですよね。
さらに本作では、僕の大好きな大地康雄さんが出演されていて、これは嬉しかったなぁ~。
「マルサの女」などで最高の脇役を演じてくれましたよね。
さて、物語の舞台は現代日本。
ある日突然、すべての電気製品が使えなくなってしまう、という設定から始まります。
原因がわかりません。いつ復旧するかもわからない。
家の電気はもちろん、スマホやパソコンもつかえない。電車もストップ。交差点の信号も止まってる。
いち家庭だけの問題ではなく、複雑に絡み合った都市機能、社会インフラ全てが一瞬で
「アウト!!」になってしまったわけです。
水道は大丈夫だろ?
とお思いでしょうが、そうはいきません。
水を組み上げるにはポンプが必要ですね。
ポンプは電気で動くのです。
さらには水洗トイレすら使えなくなります。
さあ、大混乱。
電気はいつになったら復旧するんだろう?
小日向さんの四人家族は、何日か様子を見るのですけど、一向に回復しないんですね。
そこで家族は、おじいちゃんがいる鹿児島へ向かって避難しよう、ということになります。
その途中でいろんな人にあったり、いろんなハプニングが起こります。
本作はそれを描いてゆく「ロードムービーの形式」をとっています。
21世紀に生きる僕たちが、電気が使えなくなっちゃった状況で、どうやって生活するのか?
それをまさにシュミレーションしているのがこの映画です。
その意味では非常に興味深いテーマです。
僕達日本人というのは、20世紀から21世紀にかけて、大きな天災を体験していますね。
阪神淡路大震災がありました。そしてあの3.11東日本大震災がありました。
大津波が来ました。
そして原発が吹き飛んでしまいました。
「安全神話」なんて本当に「嘘っぱちだった」というのがよくわかりますね。
まあそれはさておいて、
福島原発がメルトダウンして、全く電気が作れなくなった時、真っ先に困ったのは、なんと日本の首都である大都市、東京の人たちだったんですね。
あの時は、政府主導で計画停電というのも行なわれました。
ということは「電気が使えない」という状況を、大都会「東京」の人たちはすでに実体験しているのですね。
そこから何を学習するのか? したのか?
本作はエネルギー危機などの非常事態に、私たちはどう向き合ったらいいか? という啓発映画の性格もある、と見ることもできます。
ただ矢口監督の流儀というのは、そういう説教臭さを絶対に感じさせないところなんですね。
前作「WOOD JOB!(ウッジョブ)~神去なあなあ日常~ 」 という作品がありました。
これはイマドキの若者が、過疎の山村へ行って、現代の「木こり」になるお話なんですよね。
「林業を再生しよう!!」
「日本の自然を見直そうよ」
「エネルギーの地産地消をしましょう!」
「もっと皆さん地元の活性化を考えてくださいよ!」
ややもすると、そんな非常に説教臭い映画に陥る可能性がある題材でした。
ところが矢口監督は「WOOD JOB 」をちょっとハチャメチャなぐらい”弾けた”コメディ映画に仕立て上げたんですね。
これこそ、矢口史靖監督の真骨頂なわけです。
「映画はエンターテイメントなんだ」
「映画興行は売れて、客が入って、ナンボなんだ!」
それを非常によくわかっていらっしゃる監督さんなんですね、
さて、僕が本作で気になったところといえば、矢口監督にしては珍しく「手持ちカメラ」を多用しているところですかね。
そのため、上映中、スクリーンに映る映像は、常にユラユラ揺れるんですね。
これは如何なものか? とちょっと疑問に思いました。
実は以前、矢口監督自身がインタビューで語っているのですが
「劇場の画面が”パッパッ”と素早く切り替わるとお客さんは疲れてしまう」
という趣旨の発言をしていたんです。
この0.5秒以下の「極めて短いカット割り」
一時期大流行しましたよね。
僕は基本、アクション映画は観ないので、今はどうなんでしょう?
ちょうどそのころ、大流行したのが
「ブレブレの手持ちカメラ」だったのです。
もう猫も杓子も「馬鹿の一つ覚え」のように取り入れていましたよね。
矢口監督はその点、じつにプロフェッショナルな対応をしました。
「0.5秒以下のカットは使わない」
「ブレブレの手持ちカメラは使わない」
「劇場のスクリーンを観るお客様を配慮する」
それが今までの矢口監督の流儀でした。
ところが本作では、そのやり方をかなぐり捨てたんですね。
これはちょっと注目したいところです。
なお、前作はTBS系列の資本で映画製作をしましたが、
本作から矢口監督の古巣である「アルタミラピクチャーズ」での製作に戻っています。
撮影スタッフもいわゆる「矢口組」の人たちのようです。
音楽は「スウィングガールズ」の時から手がけられているミッキー吉野さんが担当。
安定感ありますね。
この映画をきっかけに、ちょっとばかり、
「人間一匹が生きていくには何が必要か?」
ということをちょっとでも考えてくれる人が増えたなら、
エネルギーや水や食糧の自給のことなど、いい方向に向かうと思うんですが……
そうなればいいですね。
*******
以下余談です。
僕の友人が兵庫県の過疎の集落で小さな家をなんと「手作り」しております。
僕も友人の”しがらみ”というやつで、しょうがなく巻き込まれてしまいました。
その「スモールハウス」は古民家オーナーのMさんのご好意で、その敷地内に建てております。
Mさんの趣味はなんと「古民家の再生」
すでに2軒の古民家を再生済みです。
古民家には最新の太陽光発電システム。IHヒーター3口コンロの豪華システムキッチン、トイレはもちろんシャワートイレ、という快適さです。
ぼくたちはこの快適な古民家に泊まらせてもらって、じつに恵まれた環境で「スモールハウス」の作業を進めました。
ちなみに、この古民家のハイライトは「お風呂」なんです。
それがズバリ「五右衛門風呂」なのですよ。
本作「サバイバルファミリー」でもこのお風呂が出てまいります。
電気やガスを使わずにお風呂の湯を沸かすこと。
つまり、原始的に薪に火をつけてお風呂の湯を沸かすのです。
このお風呂はオーナーのMさんが徹底的にこだわって作り上げた逸品なんですね。
せっかくなので僕も、この五右衛門風呂の火を起こす作業を体験させてもらいました。
さて、いざ火をつける、という段になって僕はハタと困りました。
「どうやって火をつけたらいいんだろう」
ライターはあります。
新聞紙もある。火を入れる炉のそばには大量の木の廃材がある。これが燃料です。
僕は新聞紙に火をつけました。
その瞬間です。
「あっチッチッチ」
新聞紙はボッと燃え上がり、瞬く間に燃え尽きてしまいました。
根っから不器用な僕は、もう意気消沈してしまいました。
そのあとなんとか火がつき、小さな木切れを燃やしました。
でも、何せ相手はお風呂の水です。
その量は半端ではありません。
それを四十度ぐらいまで加熱しなければなりません。
そのために僕は大きな薪を、炉の中に放り込みました。
ところが、火は一向に大きく燃え上がってくれません。ただ、やみくもに黒い煙がもうもうと立ち込めるだけ。
そのうちなんと、火は消えてしまいました。
そのあとMさんがやってきて、手慣れた感じで火を起こし直します。
Mさんがやると、みるみる火は大きくなってゆきました。
炉の入り口の外側まで、火の手が、ぼうぼうと燃え盛るのです。
「ああ~、すごいなぁ~」
ぼくはもう、いろんなことに圧倒されてしまいました。
「火をつけること」
ただそれさえできない自分。
いかに頼りない存在なのかを思い知らされました。
集落の自然はとても豊かです。
米は自分たちで作っているし、家庭菜園には白菜、キャベツ、大根、トマト、きゅうり、ネギ、玉ねぎ、スイカに柿。
季節の果物まで楽しめる。
いざとなれば井戸さえある。
そんな過疎の山村で、僕たちは集落の彩り豊かな四季を眺めながら、コツコツと作業を進めてゆきました。
映画の話に戻りましょう。
矢口監督は前作「WOOD JOB」で過疎の山村を舞台に選びました。
きっと僕たちと同じ体験をしたでしょう。
それは僕が我が身で体験しただけに、もうビンビン響いてきました。
そこでわかることがあります。
「この国はおかしいよ」
ニッポン列島の里山には豊かな資源が豊富にあります。間伐材などは、運び出すのに「コストがかかりすぎる」
という理由だけで、山の中に手付かずで放置されております。
これを例えば「バイオマス燃料」としてなぜ活用しないのか?
実際、北欧の人々は木質チップにして各家庭で使っています。
なぜ、僕たち日本人は、外国から高いお金と高い安全保障費を払って、石油をタンカーで運ぶのか?
水と食糧、エネルギーが自給自足できれば、それこそ国家の防衛費を大幅削減、あるいはもっと有効にシフトすることができるでしょう。
なにせ、シーレーン防衛など全く必要なくなるのですからね。
さらには原子力発電などという「危険神話」をつくりあげた「危険エネルギー」を活用する、という
「阿呆」としかいいようがない選択。そんなものは全く必要なし!
と断言できるでしょう。
またまた話が脱線しましたが……
矢口監督としては、それらのことを踏まえて、
「いったい人間が生きていくには、何が必要なのか?」
その根源的なもの、それを描きたかったのでしょうね。
都会の便利さにどっぷり使った僕たちの日常。
それが、ほんのひととき、過疎の集落で暮らしてみれば。
そこには、すでに
「人が生きてゆくのに、ここでは何にも困らないよ」
という生活があったのです。
僕たちはそのちょっと不便だけど、根源的な人間の豊かさをかなぐり捨て、明治維新の時、近代国家へ突き進みました。
現代はその延長線上にあります。
都会人は、ネットがなければ生きて行けない。
スマホとLINEなしの生活は考えられない。
ああ~、なんということでしょうね。
僕たちはもう一度、人間が生きてゆくこととは何か?
考え直す必要があるのです。
太平洋戦争で大失敗し、国を一から作り直した日本。
奇跡の復興を遂げ、アジアの希望の光と言われ続けた日本。
福島原発が、水素爆発をおこしたとき。
ぼくは
「ああ、日本が爆発してしまった」
と思いました。
戦後今まで作り上げてきたものは、全部「嘘っぱち」
あの「水素爆発」は日本の過去の栄光と繁栄を全て吹き飛ばしてしまったように、僕は感じました。
僕たちはまた「大失敗」をしました。
「原子力発電」を認め、利用し、繁栄し、そのあげく、見事に裏切られた。
「ヒロシマ・ナガサキ」で原子力の恐ろしさをあれほど見せつけられたのに。
何も学ばなかった。
今さえ良ければいい、と思っていた。
そんな夢うつつは、3:11を境に終わりを告げました。
もう一度言います。
人間が生きてゆくこととは何か?
考え直す時期に来ているのです。
まぁまぁ
家族が数々の試練を乗り越えながら成長していく話。全体的に良かったですが、所々あり得ない設定だったり焦れったかったりイライラする場面があって少し冷めてしまいました。深っちゃんののんびり感が良かったです。
予想外の──
作品にも電気にも軽くみていた自分を戒める。電気が使えなくなる設定なんてありがち、と思っていたのは電気に依存しきっている者の考え方でしかなく、本当に電気を使えないということを何にも分かっていなかった。それを知らしめられた。
ごくごくシンプルな設定、ただ電気系統が使えない、それを徹底しているだけの映画。出てくる家族や取り巻きの性格にムカつくだけで、この映画クソだなと思ったことは、なんのことはない、自分の分身に怒りをぶつけているだけのことで、それに気づかされた途端に、もはや家族のサバイバルなどを食い入るように見ていた気がする。
正直、映像などにはほとんど魅力を感じなかったけれど、巧みなアイデアというか演出というのだろうか、それら引き込まれる要素が多分にちりばめられていて、本当に楽しませていただきました、というお辞儀と、これは全くあり得んことじゃないというこれまでにない恐怖を持って劇場をあとにした。
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