劇場公開日 2018年2月17日

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長江 愛の詩(うた) : 映画評論・批評

2018年2月13日更新

2018年2月17日よりシネマート新宿、YEBISU GARDEN CINEMAほかにてロードショー

大河の絶景に圧倒され、愛の幻影に胸がざわめく水上のロードムービー

他界した父親の後を継ぎ、おんぼろ貨物船の船長となった文学青年が、正体不明の積み荷を運ぶために長江をさかのぼっていく。アジア最長を誇る大河の流域でオールロケを敢行し、35ミリフィルムを回した撮影監督リー・ピンビンがベルリン国際映画祭で銀熊賞(芸術貢献賞)を受賞したこの中国映画は、いわば水上のロードムービーだ。多くの商業船がひしめく上海を出発点に、大自然の絶景や仏閣などの歴史的な建築、さらには洪水でゴーストタウン化した村などが次々とスクリーンに映し出される。そんな雄大なロマンも暗い荒廃もはらんだ天然のロケーションの絶大な威力に、まずは圧倒されずにいられない。

ところがこれは、ただボーッと眺めていればよいのどかな船旅映画ではない。企画の立ち上げから10年を費やしたというヤン・チャオ監督は、幾重にも想像力をふくらませ、とてもひとつの解釈に収まらない神秘性と驚きに満ちた映像詩を紡ぎ上げた。

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主人公ガオは機関室で見つけた古めかしい手書きの詩集に導かれ、行く先々でアン・ルーという女性との再会と別れを繰り返す。しかし何かが変だ。初めて目の当たりにしたときにはくたびれた中年女性のようだったアン・ルーは、長江をさかのぼるたびに美しく若返っていく。もしや彼女は実在する人間ではない何か、すなわち幽霊か幻影なのではないかという幻想性がまぎれ込んでくる。それはまるで異なる時間軸のふたつのストーリーラインが並行して語られているようでもあり、川を上る男(現在)と下る女(過去)が交錯する超自然的ファンタジーの様相を呈していくのだ。それに神出鬼没の“時をかけるファムファタール”に扮したシン・ジーレイの謎めく色っぽさ!

このアン・ルーというヒロインについては、長江の固有種ですでに絶滅したとも言われるヨウスコウカワイルカの化身だという説もあるそうで、確かに映画の終盤には白く大きな水生動物が不意に画面をよぎる鳥肌もののショットもある。ほかにも幾多のミステリーと隠喩に彩られた本作は、実に深読みしがいのある一作なのだが、観客の思索が追いつかないことなどお構いなしに船はさかのぼり続ける。とりわけ圧巻なのは世界最大級の人工建造物、三峡ダムという巨大異物の出現シーンだ。そのダムを越え、時をも超えるこの映像詩は、いつしかひとつの哀しい愛の喪失にとどまらない歴史的なスケールを湛え、長江の“源”に迫っていく。この世かあの世かもわからない場所へと飛躍する旅の終着点には、もはや呆然とこう呟くしかない。ああ、ここはどこなのか、と。

高橋諭治

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