八重子のハミングのレビュー・感想・評価
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【”若年性アルツハイマーの一番の薬は優しさ。”罹患した妻を自らも癌になりながら必死に支える夫の姿から学ぶこと多き作品。】
◆感想 ■私の周囲には、両親を含めアルツハイマーになった人は居ない。故に、この作品からは、様々な学びが有った。 1.元気な時でも、夫婦がお互いを思いやり、体調が悪そうなときには声掛けをして無理をさせない事。 2.万が一、連れ合いが罹患した時にも、相手の人権を尊重し、優しく接する事。けれども、自分のストレス発散の方法も決めて置く事。 3.恥ずかしがらずに、病の事を隠さない事。そして、頼れる人には遠慮なく頼る事。 ■多分、アルツハイマーになった方を世話をするのは、想像を絶する大変さなのであろう。今作で描かれているように、綺麗ごとでは済まない事も多いのだろうと思う。 けれども、今作で描かれているように八重子さんと石崎誠吾さんは、教師として頑張って来たからこそ、教え子や家族そして頼もしい友人の理解があったのだろう。 アルツハイマー発症の理由は未だ完全には解明されていないし、特効薬もない。 だからこそ、普段から節度を持った生活を送る事が大切なんだろうな、と思った作品である。
がんとアルツハイマー
主人公(升毅)は胃がんの手術に始まり、転移により計4回の手術を受けた。 妻(高橋洋子)は同時期に若年性アルツハイマーを発症し、主人公の12年間に渡る介護の末亡くなってしまう。 この実話を山口県萩市の風景の中、淡々と描かれていく。
ドキュメンタリー的
実際、実母の認知症なので、 時間の経過と症状の進み具合が、リアル お父さん、お母さんと呼び合っていたので はじめ夫婦とは思わなかった 八重子さんと呼んで欲しかったなぁと思います 今は、介護保険で色々できるので助かってます
70歳を過ぎた頃にもう一度見てみたい。
朴訥として古臭い映画だった。なのに何だろう、この締め付けられる感情は。 とにかく夫婦役の升毅と高橋洋子の身体を張った演技がすさまじい。すごいな役者ってと思った。娘や老母や婿や、かつての教え子たちも、良かった。間違いなく彼らの間には、愛が溢れていた。 あまりにも愛情が大きすぎて、負の感情(疲れたとか臭いとか)が湧いてこない。大きすぎて溢れ出て、まるで周りの人たちにも沁み込んでいったかのようだ。だから近所でも彼女が受け入れられたのだろう。 70歳を過ぎた頃にもう一度見てみたいと思う。たぶん、今以上に涙が溢れてくるのだろう。
辛いとかそんなこと超越している愛ある話
アルツハイマーや認知症、記憶関連の話は、とても辛い話。個人的には様々な病の中でも一番辛いのではないかと思う。生きているのに分からない、そして赤ちゃんに戻っていく姿が正直見ていられない。自分が将来そうなるのも嫌だし辛いし、家族がそうなってしまって向き合う自信もない。だからこそ見ないといけない映画な気がしていて、ただずっと見ようと思うと怖くてなかなか行けませんでしたが、やっと見てきました。 本当にこの家族すごいなと。孫も含めて全員が現実に向き合い、半端のない優しさで支える。そして家族以外にも友達や近所の方、教え子たちなど周りにも支える人たちがいる。お父さんだけが自分でやっていたらもたないでしょう。よく認知症の妻を夫が殺すやその逆やそういう話を聞きます。たぶん一人で抱え込んでしまうのだと思います。我慢できないほどの出来事が繰り返される日常があると思うだけで怖い。ただそれを周囲に告白することは、非常に勇気がいること。自分の弱さを告白するという意識になり、周りの反応やこれからの付き合いなどに対する恐怖さえ感じてしまう。そんな中、この映画では、関わりの深さに違いはあれど、たくさんの方が関わり支える集団であったことは、本当に良かったし、これは夫婦の人間性があったからこそだと思います。教師であった八重子さんの教育はすぐに結果が出るものではなく、10年、20年してからどういう人になるかである、という言葉、そして彼女を支えようとする教え子たち。彼女の教育精神の素晴らしさとそれに応えて育った生徒たちが非常に感動的でした。 心無い言動に遭遇することももっとあっただろう、けど、それでも投げ出さず向き合い続けた強さが素晴らしいし、そしてこれは何より愛があったから。八重子さんが亡くなった時に泣き叫ぶ夫を見て、それでもこういう反応になるんだと驚きました。 内容としては非常に重いけど、描かれ方は講演会で振り返る形式であるから、終わった時からの視点なので、まだ見やすい。描かれ方も少し軽いタッチもあり、クスッとできるシーンもある。冒頭、心中でもするかのようなシーンで始まるの覚悟したが、思ったよりは見やすく良かった。ラブホのシーン、50代だもんそうだよなーと思った。子供に戻るということはそういうことも嫌になるのかな? なんせ八重子さん役の高橋洋子さんがすさまじかった。段々と言動がおかしくなる姿、そして症状が進行した後の姿も本当にリアリティがあり、素晴らしい表現をされていました。升毅さんも献身的に支える姿が印象的。そうか、ピーチガールで見たんだなーと(笑)。婿たちが相当イケメンでした。 佐々部監督は見たくない現実を丁寧に描いて見せてくれる。前にみた東京難民に続き非常に心を揺さぶられました。絶対にこれから避けては通れない現実をしっかり受け止め向き合うためのきっかけにしたいと思える作品でした。多くの方に見てもらいたいと思える作品で理解がもっと広がればいいなと思います。
財産になる作品
舞台挨拶付きで鑑賞。高齢化が進む今後の日本において、この作品に出会えた事は今後の自分にとって財産になると感じた。夫婦愛、親子愛、家族愛、友人愛、教育愛、そして究極の人間愛まで、すべての愛が詰まっている作品であり、そのすべての愛の源となるのが「やさしさ」ではなかろうか。この素晴らしい作品を僅か13日で撮影した事にも驚きます。 「怒りには限界があるが、やさしさには限界がない…」これは今後語り継ぎたい佐々部監督の名言です。そして興味深い舞台挨拶を聞けたことにも感謝します。 2017-80
素晴らしい映画でした. この作品を劇場で観れたことが幸運でした. ...
素晴らしい映画でした. この作品を劇場で観れたことが幸運でした. 介護は辛いけど、人の本質、夫婦の愛、優しさ、全てを介護というものは引き出してくれるんだなって、涙が止まんなかったです。 いつかは来る別れ. アルツハイマーで記憶が無くなっても心の中ではずっと生き続けていて、 必ずアルツハイマーになってわからなくなっても感謝をしてる。 人生の最期のステージでの認知症という病. 認知症は、人に対して、愛するパートナーへの感謝の気持ち、ありがとうって気持ち、人に優しくすることを学ばせて、気づかせてくれるものなんだって思った. だからこそ、介護の現場で人生の大先輩方から学ばせていただくことは多い。 何度も見返したい映画.
出だし1分で泣いたf(^_^;
介護福祉士で認知症の方の介護のお世話をさせて頂いております。 身内では介護する者が無い私は介護家族の苦悩は知りません。 この映画はそんな介護家族の思いを知る上で大変勉強になりました。 ‘自主的映画’と言うことで広く公開されていないのが残念でなりません。 もし一般にDVDが発売されたら絶対購入したいと思います。
私には、ないやろな!
週刊誌の告知と、主演の升毅さんの番宣見て、どーしても観たくて やっと、行くことできました。 無理して行った甲斐ありました。 ???なんでやろ?もありましたが、妻の立場、娘の立場と 自分を置き換え観て、あっという間の時間でした。 こんなに感情輸入して観た、久しぶりの映画🎬でした。
やさしさに限界はない。
大学で福祉を学び、介護の現場をほんの少しだけれど見てきたワタシですが、やさしさが薬というのは本当にそうだと思う。 こんなに、たくさんの愛とやさしさに包まれた介護は、はじめて見ました。 お2人の愛が、周りの人たちのやさしさを引き寄せたのだと思いました。 すべての介護が、やさしさに包まれてほしい。 1人でも多くの方に観てもらいたい作品です。
人の強さを描いた名作
吉田拓郎の「我が良き友よ」という歌がある。先日亡くなったかまやつひろしが歌ってヒットした曲だ。その中に「男らしいはやさしいことだと言ってくれ」という歌詞がある。男らしさとは強くたくましいことだが、強くたくましいとは即ち、人にやさしくできることなのだと、そういう歌詞である。 人は無一物の裸で生まれてくる。泣き喚く声は大きいが、それは強さではない。自分の存在を知らせて守ってもらうための泣き声だ。生まれたばかりのときは、ひたすらに弱い存在である。 成長しはじめると間もなく、強さを求めるようになる。他と比べて優れているという物理的な証拠を求める。それは自分の存在理由を証明し、自己の存在を肯定するためだ。そして人類の大半は、この段階に留まっている。互いに競争し、優劣を争う。世間の価値観に精神の自由を蹂躙され、権威や流行を崇める。豪邸に住んで高級車に乗り、ブランド品を身に着ける。それが勝ち組だと自己満足に浸る。そのくせ心の内では、負け組に陥る恐怖に身を竦ませている。 強さはやさしさだというフレーズは、すでにおなじみである。多くの映画や小説、漫画で言い尽くされた感さえある。吉田拓郎の歌がリリースされたのは1975年だ。既に40年以上も経っている。 にもかかわらず、人はいまだに強さがやさしさであることを理解していないように見える。他人を物理的に支配することが強さだと勘違いしている人が多いように見えるのだ。 店の店員や窓口の役人みたいな、言い返すことのできない立場の人間を土下座させる人が強い人と言えるだろうか。部下に暴力を振るい、怒鳴り散らす上司は強い人間か。格闘技を習い、武器を携帯する人は強いのか。軍事に膨大な予算を費やし、強大な武器を手に入れたら、その国は強い国なのか。 誰もが、そんな人は強い人ではないし、そんな国は強い国ではないと思うだろう。表面的な強さを求めるのは恐怖の裏返しであることは誰でも知っている。知っているが、我々は内なる恐怖をなかなか克服できない。 この作品は、やさしさについての映画である。つまりそれは、強さについての映画でもあるということだ。人は無防備で生まれ、成長するにつれて強さを獲得していく。しかしそれはおもに他者に対しての強さであって、自分の内なる恐怖を克服する強さではない。 アルツハイマーを患った人は、徐々に赤ん坊に戻ってゆくような弱さそのものの存在である。そういう存在に対してやさしくすることは、自分のなかの恐怖を克服し生理的な嫌悪感を律する強さが必要とされる。 高橋洋子はそんな無防備な赤ん坊のような老妻を存分に演じていた。夫役の升毅はやさしく妻を介護する夫の内なる強さを十分に表現していた。ベテラン俳優の渾身の演技だ。升毅はこの映画が初めての映画主演とのことだが、1億3千万人を泣かすことができる作品の主演俳優として、誇れる仕事をしたと言っていい。 印象的な台詞が満載の作品で、観客によって心に残る台詞が違うだろうが、ひとつ挙げるとすれば、孫が授業参観で読み上げる短い作文だ。アルツハイマーの祖母をいたわる強さとやさしさに満ちた文章で、泣かずにいられる人は少ないだろう。
考えさせられる
この先もっとこの国の高齢化が進んだ時に 我々に一体何が出来るんだろうか? 自分も優しさと愛情で接する事が出来るんだろうか…。 はたまた、自分もそうなった時に面倒をみてもらえるのだろうか…。
佐々部監督らしい信念ある真面目な映画
佐々部監督が原作に惚れこみ、自分で資金を集めてつくった、本人曰く「自主的映画」だそうな。 物語は、若年性アルツハイマー型認知症を認知症を患う妻に寄り添う夫を、夫の視点からみたハナシ。 「やさしさとは何か」と題する講演を行っている老人・石崎誠吾(升毅)。 彼は、12年間、若年性アルツハイマー型認知症を患った妻・八重子(高橋洋子)に寄り添っていた。 時期は平成3年頃から・・・ というハナシで、誠吾の講演を基軸に、過去のエピソードが語られていく。 この脚本構成はかなり上手い。 講演会は現在であるが、過去の(最終エピソードが10年ほど前)エピソードを紡ぐのに無理がない。 そして、エピソードが時系列に並んでいなくても、観る側が混乱しないよう、過去のエピソードから大過去に移る際には、誠吾の語りが入る。 まぁ、こうやって構成云々をいうのは、どうしても認知症の配偶者に寄り添って看病するハナシは似たり寄ったりになるからで、これでも観たようなエピソードであっても、それでも関心が薄れないようするには、作り手としてかなり努力している。 ほかにも工夫はあり、誠吾を短歌詠みに設定しており(原作がそうなのだろうが)、前半と後半で、彼が詠んだ短歌が画面に現れ、アクセントとなっている。 また、50代半ばにして、認知症の妻を介護せざるを得なかった誠吾が、持て余した性欲を満たすために妻をラブホテルに連れ込むエピソードは、可笑しくも哀しかった。 この男女間の欲情は、後半にもチラリと描かれていて、苦しい介護生活のなかでの笑いを誘うようにできている。 さらには、タイトルが示すように、ハミング=記憶の歌の扱いも上手い。 米国ドキュメンタリー映画『パーソナル・ソング』でも描かれていたように、個人個人が記憶に残っている音楽を耳にすると、記憶や感情が蘇るという効果がある。 この映画で使われているのは童謡や唱歌であるが、なんの謂れもなく出してしまうと、あまりに安直になって、かえって薄ら寒くなってしまうが、この映画では、八重子は小学校の教師で音楽を教えることが得意だったとしている。 なので、郷愁を誘う歌が流れると、涙腺スイッチがはいってしまう恐れ大である。 演技陣は、認知症が進む八重子を演じた高橋洋子がすこぶる上手い。 映画出演は28年ぶりだというが、足元のおぼつかなさなどは、ほんものだと思わんばかり。 それに対して、夫役・升毅は、受けの演技ばかりなのだが、出番はコチラの方が多く、映画全体をしっかりと支えている。 舞台となった萩市の風景など、じっくりと撮られていて、丁寧な撮影だと感じたが、撮影日数は2週間にも満たないということで、そちらにもビックリさせられました。
たった13日間での撮影
たった13日間での撮影で、12年に渡った介護を描いた…には驚きでした。 夫をガンから引き離す為に、妻の八重子さんは認知症を発症されたのでは…と思えてならない。 友人と飲みに行って、片方が酔っ払らってしまうと、もう一人はもう、酔っ払うことは出来ない様に…。 日々の積み重ね、毎日の飲食内容、コミュニケーションの良し悪しが源病となる様である。 介護は、する方もされる方もホント大変です。これ以上、要介護者が増えない様に、毎日を意識的に生きたいモノです。 なぜなら、現在、私はお一人様だし、将来、連れ合いが出来たとしても、こんなにも大変な介護はさせられない…と思うし、したくもないから、予防を心がけたい。
理想的な夫婦の形の一つかも
一部、冷ややかな目で見ているような評価の人も目にしますが、登場人物がみんないい人ばかりなので、高齢化社会と介護を扱ったおとぎ話のように感じてしまう人もいるんだろうな。実話なんだそうですが。 家族、友人、知人、訪れる施設、飲食店、みないい人ばかりで、現実感が無いのかも? 昨今のニュースで介護殺人や介護施設の酷い状況、写真撮ったり食べ残したりするだけでネットを使って大騒ぎするラーメン屋とか、世知辛いニュースが多いので、この映画がおとぎ話に見えるのも仕方ないのかな。 八重子さんのご主人は、介護経験の講演を八重子さんがご存命の頃から行っていて、八重子さんと一緒に各地を回っていたそうです。晒し物にしていると家族から批判もあったようですが、そのことで地元では八重子さんは有名人で、葬儀の参列にはたくさんの人が訪れたそうです。思ったより世間は冷たくないなと思いましたね。 献身的な介護で若年性アルツハイマーとしては驚異的に長く生きられたとのこと。脳の機能は制限されていっても、気持ちは伝わるんでしょう。 試写会の会場は年配の人が多かったですがすすり泣く声があちこちから聞こえました。そして終了後、自然と起きた拍手。その後舞台挨拶に登壇された佐々部監督も喜んでおられました。 舞台挨拶では佐々部監督は自身の奥さんを亡くされた経験から、この映画を作ろうと決意されたこと、扱うテーマが重いことから大手の制作会社から協力を得られず、三年以上計画が頓挫しかけていたこと、自主映画ではなく自主的映画と呼んで欲しいということ、制作期間は13日間だったことなどを語られていました。 主演の升毅さんは芸能生活42年目にして初の主演映画だそうで、声を裏返らせて「やったぜ!」と叫んでおられたのが印象的。きっと舞台挨拶でもムードメーカーに務められてたんだろうなと思わせる舞台挨拶でした。 八重子役の高橋洋子さんは天然ボケな方のようで、自分のトークの番が来ても気が付かないなど、あれ?本当に痴呆なのでは?と思わせるボケぶりを発揮されて会場を和ませていました。 山野ホールの試写会にて。
愛
愛に溢れた介護。夫婦愛だけでは介護は難しいと実感した。他人の手や優しさ、助け合いが有ればこそ介護出来るんだなと思った。アルツハイマーは決して遠くもなく身近に起こるかもしれない事ですねー涙無しでは観れませんでした。
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