劇場公開日 2016年9月17日

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エル・クラン : 映画評論・批評

2016年9月6日更新

2016年9月17日より新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMAほかにてロードショー

家族ドラマと異常犯罪がアンバランスに一体化した実録誘拐映画の怪作

サスペンス映画の人気サブジャンルのひとつである“誘拐映画”には、映画史上いくつもの傑作や秀作が存在する。誘拐犯と警察の駆け引きを軸にしたオーソドックスなものや、日本映画によく見られる登場人物の“情”を押し出したものなど、実にバリエーションが豊富で、トリッキーなひねりを利かせた異色作も少なくない。筆者にとっても大好物のジャンルなのだが、ここで紹介する「エル・クラン」ほど奇妙で、異常な誘拐映画には滅多にお目にかかれない。軍事独裁から民主政権へと国家体制が移行した1980年代前半のアルゼンチンで起こった実話の映画化。俗に“事実は小説より奇なり”と言うが、まさに純粋なフィクションでは思いつかない筋立ての怪作だ。

身代金目的の誘拐は強盗のような単純な犯罪と比べると、格段にいろいろ手間がかかる。そのひとつに人質の監禁場所をどうするかという問題があるが、本作の主人公で誘拐グループの首謀者である初老男アルキメデス・プッチは、何と白昼堂々と路上で拉致した人質を自宅のバスルームや地下室に監禁してしまう。アルキメデスには妻と3人の息子、2人の娘がおり、一家が揃って夕食を囲む温かな日常風景と非人道的な凶悪犯罪が同じ建物内に平然と共存しているのだ!

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そのほかにも不可解な点はいくつもある。アルキメデスは家族を心から愛しているようだが、なぜかラグビーのスター選手である自慢の長男に悪事の片棒を担がせ、彼のチームの同僚をさらって惨殺したりする。そもそもこの一家は経済的に困窮している様子はなく、成功率の低い身代金誘拐を二度三度と繰り返す動機も不明だ。パブロ・トラペロ監督は良心の呵責に苛まれる長男の極限心理を巧みにドラマ化しつつも、あえて筋の通ったわかりやすい解釈を盛り込まず、謎を謎のまま観客に突きつけてくる。その一方で軍事政権下の秘密警察に所属していた主人公をかばう勢力の存在をほのめかし、時代の特異な闇をあぶり出す。実録ドラマとしての生々しさと不条理のバランス感、いやアンバランス感が何とも絶妙なのだ。

劇中に二度流れるキンクスの挿入歌「サニー・アフタヌーン」のチョイスも秀逸だ。一度目は威勢よくポップでシニカルに鳴り響くこの曲は、二度目には一家の破滅をメランコリックに彩ってみせる。犯罪者目線で描かれる誘拐映画にはバッドエンディングが付きものだが、本作のそれはとびきり衝撃的なショットで表現される。そしてラストに提示される後日談のテロップ、その冗談のような“事実”にも唖然とするほかはない。

高橋諭治

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