しゃぼん玉のレビュー・感想・評価
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実際の田舎はもっとよそ者に厳しいというか排他的だと思うんだけど、こ...
実際の田舎はもっとよそ者に厳しいというか排他的だと思うんだけど、これはフィクションだし、孫だと思われてるからまぁいいか。
「うめー」「うめー」の連発に「ヤギ」と言ったのには笑ったw
今のお前に必要なんは、ちゃあんと誰かに見ててもらうことじゃな。
原作既読。そのせいか、映画で描かなかった場面まで脳内補完されてしまっている。
田舎の婆さんが知らずに逃亡犯を匿う。牙剥き出しの荒んだ神経の逃亡犯が、田舎の純朴さに心を洗い清めていく。・・よくあるストーリー。ゆえに役者の腕の見せどころ。その点、林遣都もよかったが、やはり市原悦子の抜群の存在感がいい。捉えどころがない佇まいは、あの柔らかい声が作り上げていく。「ぼうが、ええ子なとは、婆ちゃんがよおく知っとる。」と愛情あふれる言葉が抱きしめてくれ、冷え切った心が温もってくる。だからと言って全幅の信頼を寄せてはいない。そこは他人なのだ。だけど、親切にはちゃんと親切で応えてくれる。だから翔人も体を動かすのだ。この女優が鬼籍に入られたことが惜しまれてならない。
そしてシゲ爺の存在。田舎だからと言ってけして優しさだけでなく、厳しさもあることを示す。ぶれない態度でいつも。それが次第に翔人の気持ちに働く喜びが生まれてくる。そう、誰かに頼りにされ、見ていてもらえることの幸せをかみしめながら。
美知の存在は、原作でも尻切れ感があった。彼女を出さないと改心のきっかけがないのだけど、あの出番ならばもう少し距離(例えば、会ったことのないシゲ爺の孫の話に変えるとか)があってもいいんじゃないかと思えた。
小説では、翔人と婆さんの会話で、村には中学までしかないから子供たちは高校から村を出て、そのまま帰ってこないことが多いと話す。なかには中学から親元を離れ、寮に入る子もいるらしい。寂しくないのかという顔を翔人がすれば、「立派な人に育って欲しいって親たちは皆そう思っちょるけえのう」と婆さんが言う。「こんな村から?」と翔人の疑問に対する、「こげな村だからじゃ」の答えには、子を思う親の愛情が滲んでいた。そんな婆さんに「自分で大事にしたいと思うもんにはの、嘘はいかんとよ」と諭されれば、ほろりとくるわな。だから最後のシーン、家の灯りが点っているだけで、こちらももらい泣きをしてしまうのだ。(シゲ爺とは原作通りのシーンがほしかったけど)
余談ながら。
僕は去年の今頃、この舞台の椎葉村を旅で訪れた。柳田国男や宮本常一で読んだ土地をこの目で見たかったからだ。人吉から向かう国道は驚愕の山道で、道は狭隘で片側は崖下の奈落。想像を軽く超えていた。峠を越えてたどり着いた椎葉村は、たしかに山、山、山。ここに住む人々の不便さを思いやった。平成16年発表のこの小説では、「香川県の1/3の面積」というほど広大な村に、人口3,700人だと書かれていた。気になって調べると、大正から昭和初期には10,000人前後を行ったり来たりしていた。その頃から半分は切っていたようだが、想定内ではあった。それよりも驚いたのは、現代令和元年にはなんと2,579人にまで激減していることただった。発表の数字に頼れば、ここ10年で1,000人以上も人口が減っていることになる。これから数年は更に加速するであろう。
乃南アサの原作未読。ひとの優しさ
雨の中のひったくりをスローモーションで見せるオープニング
もの凄い田舎、雲海が見える山の上
宮崎県椎葉村
腹減った〜後にタイトル
犬
わらわらと婆さんが出て来た
猪の味噌漬け他どれも美味そう
ええ名前じゃねぇ
超人的回復の市原悦子
箸の持ち方がらしい。
すぐ刃物出すビビリ
おにぎりでかい
なんでん気づいたときに直したがええ
髭剃った
祭り?
坊はええ子じゃ
逃げるなやれば出来る
ファーストシーンと顔つき変わった
椎葉平家祭り
やっぱり感謝されると嬉しい
シャボン玉みてえなもんかな
通り魔事件
えづく、会えない。眠れない。神経が細い
へそくり見つけちゃった
このタイミングで実のクズ息子登場
やられる側の気持ち
帰ってくるまで待ってて欲しい
フルネーム名乗った
罪の告白
戻ってきたいんだ
ちゃんと償っておいやれ
いっておいやれ
3年で出てこれたんや!
エンディング曲かぶせんでー
秦基博の歌はいいアコースティックバージョン
家の灯りだけはいい
やり直しができる。
犯罪を起こし逃げてきた若者が、怪我したおばあちゃんを助けて一緒に暮らすことに。
山での暮らし。おばあちゃんの優しさ。周りの人達に触れてだんだんと心が柔らいでいく。
林遣都の心の葛藤がいい感じでうまく演じられていました。
市原悦子の独特の語り口で心が癒されます。
包み込む優しさがそこにはありました。
自分の居場所を見つけて。警察に。
人の温かさに触れて罪を償って帰って来る。
仲間のところに。胸が熱くなりました。
エンドクレジットをチェックしてると那須姓、椎葉姓が多かった
田舎の祭りはいいもんだ。老婆スマの温かさもさることながら、間違いに気づいた伊豆見の改心に泣ける。人間性善説と言ってしまえばそれまでですが、出自とか周りの環境とかに人生を決められるのはとんでもないこと。たまにはリフレッシュして田舎の人たちの心に触れたくなるなぁ・・・
人生80年。20代で人生を決定しちゃもったいない。やり直す機会もいっぱいある。多分40歳くらいまでは何でもチャレンジできるのだ。一番可哀そうだと思えるのはスマの息子。息子だから50~60歳くらいなのだろう。もうやり直すこともできやしない。
しゃぼん玉なんて、しばらくすると弾けて消えるもの。悲観的になっちゃいけない。などと自分を励まそうとしてみるのですが、もうすでにあの息子くらいの年齢。ハゲ増すくらいだな・・・感想書きづらい。
むかーしむかしの事じゃった
「ある日ばあさんが出かけた途中で怪我をした。そこへ見ず知らずの若者が通りかかってばあさんを助けたそうな。それからばあさんはその若者を命の恩人として、家に泊まらせ飯を出し、お礼をしたそうな。」
「あん」からの流れで、またもやAIに勧められるまま観た。
序盤は市原悦子の語りで済む様な話。
藤井美菜に会って平家まつりの件を聞き、更に藤井の経緯を聞き、市原の息子と喧嘩になった所で、嘗ての自分を振り返る事になり、常々言われたシゲ爺の「逃げるな!」と最初から最後まで褒めてくれた市原に、人の温かさを感じていく、林遣都の変化が素晴らしい。
そしてラストのばあさん家の温かさと、秦基博の歌が沁みる。
シゲ爺もお元気そうで何より。
いわゆるの地域映画かなと思ったけど、主人公の変化がしっかり伝わる脚...
いわゆるの地域映画かなと思ったけど、主人公の変化がしっかり伝わる脚本で、非常に良い作品だった。林遣都さんと市原悦子さんにがっつりやられて泣いた。
やさしいおはなし
最初のシーンがなかなか殺伐としていたので、
殺伐としたシーンや策謀なんかが盛り込まれるのかと思ったら全然そんなことなく。
あったかくて優しいはなしでした。
美味しくて暖かいご飯と、「迎えられること、頼られること、受け入れられること」といった柔らかな人との繋がり、なんかが椎葉村の、風景の美しさとともに素直に描かれている。
主人公の具体的な生い立ちや背景が見えづらいから、
「この結末でいいのか?」と言われたらちょっと
肯定しかねる(とくにヒロインの人との今後の関わりは、とても難しいものになる。彼女にとっては苦痛だったりするんじゃないだろうか、とか。彼の正体をニュースなどで知った村の人が果たして受け入れてくれるんだろうかとか)
んだけど、市原悦子の「坊〜」という声で、なんだか全てのそういった不満や不安が溶けてしまう。
最後に主人公は漸く人に頼れたんだなあ。
私も撫でられたいなあとか。祖母との思い出を思い出したりなどしました。
優しい雰囲気、優しい話。
心がトゲトゲした時にまた見たいかもしれない。
優しくしてあげようよ。
優しくしてもらわなきゃ、優しくはなれないよね。田舎のいい部分だけを切り取っている感はあるけど、でもそういう理想を、この映画には見ます。
なんで山奥に捨てられたのか、なんで、息子はあんなにぐれてしまったのか。
原作読めばわかるんでしょうか、、
やればできるってことは、わしが一番よくわかっちょる
映画「しゃぼん玉」(東伸児監督)から。
社会や自分に対して、自暴自棄になっている青年が、
宮崎県の山深い「椎葉村」の人々に支えられながら、
自分の居場所を見つけ、少しずつ更生していく。
物語的には、普通なんだけれど、
女優、市原悦子さん演じる「スマ」さんがあまりに温かくて、
観ている私まで癒され、涙腺が緩んだことを記しておきたい。
私も「ぼうは、えぇこじゃ」って頭をさすって欲しくなった。
また「シゲ爺」と呼ばれる老人が、青年を山に連れて行き
キツい仕事をさせながら、自信を付けさせるシーン。
こんな言葉でアドバイスをした。
「お前、もっと厳しい目に合わんとダメかもしれんな」
「俺、嫌いなんだよ。厳しいの」
「お前はいつだって逃げることばっかり考えている。
けど、もういいかげん自分から向かっていく力をつけにゃ。
やればできるっことは、わしが一番よくわかっちょる。
今のお前に大切なのは逃げん癖をつけることだ」
数日間だけど、辛い仕事を一緒に過ごした「シゲ爺」からの
「やればできるっことは、わしが一番よくわかっちょる」は
何より嬉しい言葉だったに違いない。
誰かが自分のことをわかってくれている。
それこそ、荒んだ心を治す、特効薬だったかもなぁ。
ぼうは、ええ子じゃ。
舞台の宮崎県・椎葉村。宮崎って海(日南海岸)のイメージでしたが。
日本三大秘境の一つなんですね(残りは岐阜・白川郷、徳島・租谷)。ほほう。
そんな豊かな自然の前では、人間は無力。
そして、自分の心の中を生まれた頃に戻してくれる。
偶然助けた老婆と出会ったことで、主人公の心が少しずつ戻っていく様。
「いい天気だなあ」って、自然と口にできる。
そこに罪人のダークさは薄れています。
だけど犯行時に雨が降っていたことから、雨の日は現場がフラッシュバックしたり。
自然が主人公に、「白状しろ」と言っているかのようです。
悩める主人公の林さんも良かったのですが。
やっぱり老婆役の市原悦子さんがもう、ぴったりすぎ。
セリフで「〜じゃった」って、日本昔ばなしワールド。
随所で主人公に言う言葉が、う〜ん胸にきます。
「ぼうは、ええ子じゃ」。
今の時代、そんなふうに言われることってない。
主人公の箸の持ち方を注意したり、本当のおばあちゃんみたい。
あとシゲ爺役の綿引勝彦さん、渋かったです。
強引に山仕事を手伝わせたり。
きっと主人公は今まで、頼りにする人もなく、頼ってくれる人もいなかった。
そんな孤独が犯行に及んだのでは?と思ったりもして。
市原さんの遺作だからってわけじゃないんですが。
最後の場面、主人公にかけた言葉に。もう涙腺崩壊。人の温かさはありがたいな。
良作でした。
【見知らぬ若者への村人たちの素朴で温かい気持ちや態度に心癒される、人間の善性を見事に表した映画】
イスミ(林遣都:彼には珍しい汚れ役である)が、自らの罪を償う思いへ傾いていく姿を林遣都が絶妙に演じている。
罪から逃げるように椎葉村の山道を歩くイスミは怪我をして倒れていたスマ(市原悦子)を”面倒くさそうに”助けるが、スマは彼の素性も訪ねずに自らの家へイスミを誘う。
ぶっきら棒なシゲ爺(綿引勝彦)に椎葉村の奥深い山に連れていかれ、猟をし、ヘトヘトになって帰ると、そこにはスマが待っている暖かい灯りがもれる平屋の家と食事が待っている・・。
イスミの荒れた仕種、風貌が徐々に変わっていくところが良い。それは口のきき方であったり、箸の持ち方であったり・・。
徐々に山の生活に馴染んできた彼は、麓の祭に参加することになり、ある人物と出会う・・。
今作は故、市原悦子さん演じるスマの無私の姿が雄弁に人間性の善性を物語る。
<ラストシーンは涙なくして、観れない作品である。又、偉大な女優さんに有難うございました、と心の中で呟いた作品>
<地元の映画館で、何故か公開後1年経って上映されたが、大変感謝感動した作品である>
<2019年3月16日 劇場にて鑑賞>
市原悦子の名作
「シャボン玉」
凄く良い映画だった。
日本映画の良さがここに。
市原悦子さんの「ぼぅ」と呼ぶ声の優しさが印象的。
本当に強い人は優しい。
観るもの全ての温かい気持ちにさせる名作でした。
最後の作品だそう。
素晴らしい女優さんでした。
哀悼を込めて。
隠れた名作
これぞ日本の映画。
繊細で無駄がなく田舎の景色がとても綺麗で尚且つ配役、音楽も最高ですね。
メッセージ性も十分です。
私の中ではダントツで1番の邦画です。
ここまで素晴らしくまとまった邦画はまあ無いでしょう。
旦那さんも今までで1番の映画だと言ってました。
この映画はたまたまおっさんずらぶで林遣都さんを知り予告も何も見ずに旦那さんと見ました。
そして市原悦子さんの遺作だと知り撮影の半年後にお亡くなりになったと知り本当に素晴らしい女優さんだなと思いました。
涙なしでは見られませんでした。
この作品に出会えて本当に良かったです。
兎にも角にも市原悦子!
名女優の圧巻の存在感。流石です。ばぁちゃんをいくらでも観ていたい!
市原悦子なくしては成立しない映画。
でも林遣都くんも良かった。始まりの頃の荒んだ表情が後半変わって行くのが印象的でした。
全99件中、21~40件目を表示