「これほど完璧な作品にはなかなか出会えない。」愚行録 luna33さんの映画レビュー(感想・評価)
これほど完璧な作品にはなかなか出会えない。
公開時に観てから今回改めて2度目の鑑賞となった。
サスペンスとしては特に目新しい作りでもなく衝撃的な結末というほどでもない。構成自体は「普通」と言えるイヤミス作品だ。ただ物語の展開のさせ方や描写に一切の無駄も不足もない完璧さ。ウイスキーじゃないが「何も足さない、何も引かない」とはまさにこの作品のための言葉だろう。あまりの完成度に思わず震えた。
主人公の田中(妻夫木聡)も台詞がきわめて少なく表情や態度などもあまり変わらないため人物像や感情が読みにくいのだが、これが映画が進むにつれて非常に効いてくる。記者という職業もあるが基本的に「聞き役」に徹しており、事件の関係者から話を引き出すことで物語の全貌が少しずつ明らかになって行く。ただ田中は誰の話に対しても特にこれといった反応を示さないため彼の思考や感情、本心はなかなか見えてこない。つまり田中に対して余計な「感情移入」する事を許してくれないのだ。よって我々は劇中において田中というフィルターを通さずに、次々と関係者が明かすモヤッとした各証言を「自らの価値観」に照らし合わせながら自己責任でジャッジし続けざるを得なくなる。これがまさに「イヤミス」の真骨頂であり、なかなかカロリーを使う作業となるのだ。こういった持っていき方が実に上手いと思う。
後半にかけて物語は少しずつゆっくり核心へと近づいていく。光子(満島ひかり)が壊れていく様が描かれていき、一方で兄(田中)は関係者の宮村淳子を突然殺してしまう。そこから終盤の光子の身の毛もよだつ「告白」が始まり、点と点がいよいよ一本の線になっていく時、この物語の「本当の恐ろしさ」が姿を現してくる。なぜ兄は宮村淳子を殺したのか、もっと言えばなぜ兄はこの事件を追いかけていたのか、その全てが分かった時、どう表現して良いか分からない感情に襲われるのだ。ここら辺の流れも見事としか言いようがない。さらにラストでは光子の子供の父親が兄だと判明し、光子の「あたし、秘密って大好きだから」の意味を完全に理解するのだが、よくよく考えれば序盤にも光子はまったく同じ台詞を言っていた事に気づかされる。
また被害者である田向の元恋人(恵美)が子供をあやしながら田中に「似てきたと思いません?」と聞く台詞にも痺れた。つまりあらゆる伏線がものすごく嫌な後味として効きまくっている。極めつけはオープニングとラストの両方で出てくるバス車内の様子だ。オープニングは何ともいやらしくこの作品の全体像を暗示しており、ラストの田中が席を譲るシーンは観る者に判断を委ねている。このコントラストも素晴らしい。最後の最後でも観る側は感情の「道案内」をしてもらえないのだ。まさにイヤミス映画の金字塔だろう。
俳優陣も実に素晴らしい。リアルでも愚行になってしまった小出恵介や妻夫木聡はもちろんだが、満島ひかりの圧倒的な迫力には恐れ入った。もう天才中の天才でしょう。また今から思えばキャストは全体的にかなり豪華な実力派揃いだったことが分かる。
人間の愚かさと言ってもピンからキリまであるわけだが、中でも究極に愚行であるはずの「殺人」をこの作品ではあえて淡泊に描く事で、見方によっては殺人以上の破壊力を持つ人間のあらゆる「愚かさ」がより鮮明に浮かび上がったのではないだろうか。まさに「愚行録」というタイトルに相応しい傑作だ。
Iunaさん "タミネ"の共感&コメありがとうございます
こちらのレビュー、素晴らしいです。まさしくこの映画は究極の「イヤミス」の作品であると言えます。観た後に暫く心にイガイガした棘が刺さったままでした
今考えると配役は実力者揃いですね!