だれかの木琴のレビュー・感想・評価
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常磐貴子の色気にやられました。
だれかの木琴、観賞しました。 常磐貴子、良いですね。 壊れた感情、怖さと優しさと色気 に圧倒させられました。 この感覚、お好きな人にはお薦め します。
癖になる不気味さ
☆3.3 正常と異常の表裏一体を見せられたような気がした。 ストーカーの不気味さ怖さの中に見える純粋さ。 崩れているようで成立している家族の不確かさ。 終始、気味の悪い感じが漂っていたけど常盤貴子の美しさが作品として妙なバランスを保っていたように思える。
だれかの執着。
平凡な主婦が常軌を逸したストーカーになっていく
なんて聞くとどう考えてもホラーにしか思えないが、
常盤貴子が妖艶に主婦を演じていた。その狂気とも
執着とも判別のつかない異様な行動は、暴力的では
なくむしろ表面的なものに見えるが、ヒマな主婦と
一括りにしてしまうのは危険だと思う。夫とは違う
愛情に妻が飢えているのは必至で、タイトルのだれ
かとは海斗のように自分の興味を持続させてくれる
人と勝手に思い込む小夜子がいかに寂しいか分かる。
たびたび繰り返される盲想にも強く反映されており、
だからといってこんな主婦に「趣味の一つでも持て」
なんて話は酷なのだろうか。ともあれ標的となった
海斗には怖いほど迷惑な話だが、客なので無下にも
できない。怒りのあまり激高する彼の彼女はもっと
可哀想で^^;私は彼女に同情した。知り合ったからと
いって自分の店にまで押し掛けてくる小夜子は怖い。
様々な人を巻き込んでいく小夜子に悪気は全くない
のが更に厄介で、親切あるいは挨拶のつもりなのか。
この執着を解けるのは紛れもなく夫なんだけどなぁ。
(次は部下が標的か?いやはや^^;奥さんもうやめて)
よくある退屈な日常を送る主婦の風景って感じでした。家族としか関わら...
よくある退屈な日常を送る主婦の風景って感じでした。家族としか関わらない日常から飛び出したくて誰かに認めたりしてもらい事は誰にでもあると思う。 DVDで十分のレベルでした。
常盤たか子熱演
ドラマ育ちの常盤貴子が40歳を超え映画女優を熱演しています。常盤貴子と池松壮亮がどう化学反応するのか楽しみでした。聞くところ二人とも東陽一監督の大ファンで念願がかなった形だそうです。 ご高齢の監督ながら演出はけっして古くさくはないです。ただ激しい展開が少ない作品なうえ、主人公の小夜子の素性もあまり詳しく描かれていませんし、見る側に感じろという意図が多く、映画慣れしていない人には勧めずらい作品かもしれません。脇役にも日本映画にかかせない、佐津川愛美、山田真歩、河井青葉とナイスなキャスティングをしてます。 もっと官能的な要素を多くし常盤貴子にもうひと脱ぎしてもらったら更に作品に厚みが出たと思います。 雑誌spaのインタビューを読みましたが、常磐貴子は今銀幕の世界を楽しんでますね。
いまいち
まず、池松壮亮、常磐貴子、佐津川愛美の演技の迫力が凄かったです。特に、仕事も趣味もない主婦・小夜子の、虚ろ、にも関わらず鬼気迫る表情には深い闇を感じました。また、夫と和解したのかな?というメールのシーンの後の、小夜子と夫の部下のやりとりから感じられる夫婦間のディスコミュニケーション感...。それから封筒の中の鍵を指でなぞることで、「別れ」を示唆する演出は好きです。ちょっとお洒落過ぎる気もしますが。
それだけに、娘と夫の説明的な演出(「うちの冷蔵庫に苺ない」とか、車内での会話)にはがっかりさせられました。得体の知れない狂気が、「安全」なはずの家庭の中から、孤独を糧に成長していく、というテーマは諸々の言葉による解説がなくても伝わります。更に言うならば、本作のタイトルである「だれかの木琴」に関する説明(幼少期の孤独)さえもとって付けた感があります。わざわざ「木琴」に関する説明がなくてもテーマは伝わります。むしろこの「木琴」に関する説明からは「単に小夜子が特殊な家庭環境だっただけなのか?」という解釈も生まれ得ると思いますし、それはかえってこの作品の「誰にでも宿り得る普遍的な狂気」というテーマを見えにくくしないでしょうか?原作小説と同じタイトルにしたことがこの問題の原因のかと思います。
それからこれは個人の好みの問題かもしれませんが、放火犯の描き方があまりにも軽薄ではないでしょうか。明らかにヤバそうな「3mm」野郎が登場したかと思えば、最終的にその人が犯人。私はマスターが犯人だったら面白いのにな(そして3mm野郎が犯人だったら心底がっかりだな)と思いながら見ていたので、この予定調和にはかなりイラっとさせられました。もう一つ好みの問題ですが、一番最後の常磐貴子のショットが可愛いのですが、これに何の意図があるのかよく分からずもやっとしました。
役者の演技は(勝村政信を除き)素晴らしいのに、正直なところ演出が台無しにしているような印象を持ちました。有楽町のスバル座で鑑賞しましたが、映画の後半に差し掛かるあたりで席を立つ方がちらほら。実際そのレベルの作品だと思います。
女が美容室に行く時
中学生くらいになれば、女の子は一人で美容室に行くようになる。多くの店は指名制なので、年上の素敵なお兄さんにカットをお願いするうち、憧れた経験がある人は多いのではないか。中年になればなったで、年下の感じの良い男性スタイリストに髪の毛を触られるうちに恋愛感情を持つこともあるだろう。郊外に引っ越してきたばかりの専業主婦の小夜子が、美容師の海斗に執心していくのはよく理解できる。夫は働き盛り、娘も中学生でどうやら男の子の友達もいるようだ。生活には満足しているけれど、心を満たす何かを海斗に求めたのか。 美容師役の池松壮亮くん、好演。カットをする時の眼差しが,美容師のそれだ。中学生を子ども扱いせず、ストーカーの主婦を変なオバさん扱いしない。水泳やサイクリングをし、朝食もしっかり作り、コンテストを目指す、志のある若者だ。 私が好きなのは、海斗が恋人をなじる場面と、故郷の母親と電話で話す場面で、どちらも博多弁だ。海斗も故郷を離れ、孤独を抱えているのだろう。
どこにでも誰にでも起こりうる身近な出来事。
あれはストーカー。恐いよ、本人に悪意がないのだから。いや善意さえも感じてこない。気味の悪いくらい、心に血が通っていないのだ。そんな妻の小夜子(常盤)の心の変化のそもそもの元凶は、無関心のくせに、さも物分かりのいい夫のつもりの光太郎(勝村)だ。 付け狙われた海斗(池松)こそいい迷惑だわ。全然いい奴じゃないか。いつも池松(もちろんその役に)に嫉妬してしまうことが多いが、今回に限っては無条件に池松に同情してしまう。 もっとドロドロした不倫劇なのかと案じていたが、一安心。 だけど思い起こせば、これより小さな、よじれた人間関係なんて日常にいくらでもあるな。それらはちょっとしたきっかけでこの話と同等の出来事になり得るのか。気をつけよう。自分がまきこまれないように。 いや、いつのまにか自分がそういうことをしないようにか?
私への愛が揺るがないとおもえばこそ。
夫とは違う若い男(とその恋人)をダシに、自らの存在価値、夫からの愛情、幸せを再確認した一人の主婦の物語。自分の望んだように生きることが、タイトルにある木琴で自分のメロディーを奏でることならば、主人公は最終的にその目的を果たしたことになる。しかし、常盤貴子ってやっぱりいい女だとつくづく思った。
常識と日常・・
ATGと言う邦画威風があった70年代。俊英も82歳か・・・ 現代アートに追いつけない彼が久々にメジャー的に(決してベタな中味ではないが)描き出す人間ドラマ。とにかく淡々と日常が描かれるんで万人向けではないが、舞台劇をそのまま観てる様な時間の流れは心地よい。話は原作未読だから、どうこう言えないが、シチュエーションに付き合う映画だろう。それぞれの心情の奥は文章でないと成り立たない流れ。 とにかく久しく観なかった普通の常盤貴子が凄くいい。訴える演技をするでもなく、動き回るわけでもない。90年代のトレンディ女優もまだまだ捨てたもんじゃない。池松壮亮とのやり取りも絶妙だった。静寂に危険な二人をぶち壊す佐津川愛美が、アクセントをつけ非凡なメロドラマに終わらせない工夫もある。 後半「ババア」問題の池松×佐津川のシーンは良かったっし、常盤×勝俣のメールでの和解は怖かった。ピントあわずの感は多少ありも良作の部類。
わたしの、エロスに、火をつけて
小夜子(常盤貴子)は、警備会社に勤務する夫・光太郎(勝村政信)と中学生のかんな(木村美言)と三人暮らし。
最近、東京郊外の一戸建てに越してきた。
ある日、偶然訪れる美容室の若い美容師・海斗(池松壮亮)に髪を切ってもらったその日、昼間たまたま自宅に立ち寄った夫から新しいヘアスタイルとシャンプーの匂いを褒められ、欲情した夫と行為をしてしまう・・・
というところから始まるハナシで、何が夫の心に火をつけ、何が自分の心に火をつけたのかわからないまま、小夜子は心の導火線を追い求めていく。
この導火線の象徴が美容師・海斗であり、はじめは些細なメールのやり取りだったのだが、小夜子は徐々にストーカーまがいの行為に発展してしまう。
この映画の興味深いところは、小夜子が追い求めているのは夫・光太郎でありながら、海斗に執着してしまうところにある。
いわば、生まれたばかりの雛鳥が、初めて目にした動くモノを親だと認識してしまうのに似ている。
そういえば、終盤、光太郎と小夜子の無言の会話の中に「雛鳥」の語も登場するし、そもそも光太郎と小夜子の間のコミュニケーションは微妙に断絶している。
そして、もうひとつ興味深いのは、ストーキングされる海斗の心情・態度である。
現在、25歳の彼は、22歳の頃に、母親を悪し様に罵倒した相手に対してブチ切れて、重傷を負わせた経験があり、些細なことで、心に火が着いたり、心が壊れることを理解している。
なので、小夜子からのストーキングまがいの行為に対して、適度に距離を置いている。
ここが興味深い。
そして、そんな彼の薄情ともいえる行動に対して、恋人・唯(佐津川愛美)は不満を覚え、小夜子を詰(なじ)らない海斗に愛想をつかしてしまう。
彼女の行動がいちばん常識的で理解しやすいのだが。
海斗も、光太郎も(彼は彼で、行きずりの女と簡単にベッドを共にしてしまう)、すこし常識的でなく、すぐさまバランスを崩しそうだ。
小夜子も含めて、そこいらあたりは妙にリアルで、それを抑えたタッチで展開させる東監督の演出は、すこぶる映画的。
ただの「ストーカー映画」「サスペンス映画」ではないので、注意が必要。
オマケも込みで、この評価としておきます。
作品から抜け出せないほどの余韻
この映画には、 ぶっ飛んだキャラクターも あり得ないほどの狂気も出てこない。 ごくありふれた家族の物語。 なかなか本音に向き合えない家族。 些細なすれ違いからストーカーを始める母。 夜の街に繰り出す父。 不安で涙が止まらない娘。 ありふれた日常のなかに、 誰もが抱えた不安、孤独、揺れ… そんな感情があまりに自然に表現される。 映画が終わっても なかなか現実に戻ってこれない、 中毒性を持ったお話。
余計なものが多過ぎる
序盤は夫婦関係や家族の姿から特にすれ違いはみえないのに、ずれた方向に進み始める主人公。何もないところからならまだしも、その後からすれ違いをみせるので若干後出し感がある。
男ではなくカップルに張りつくという変わったストーキングが加速して行く様子は何が起きるのかというハラハラドキドキがあり、振り返ってみればただ寂しかっただけで強烈な異常さではなかったのかもとも思えるのが面白い。
話や展開は面白いけれどチョイチョイ挟まれる、位牌、カオルの設定、徳永三郎、小刀、等の特に意味がなく大袈裟に怪しさを煽る件が話をチープにしていたし、エピローグの8割ぐらいもいらない話で冗長だった。
心の隙間を埋める作業は止められない
主婦が美容師をストーカーするというお話ですが、ストーカー行為なのかどうか判断しかねるくらいの微妙なさじ加減…。 個人的にはヒリヒリ感が物足りないと思ったものの、これくらいがちょうどリアルで不気味なんだろうなあ。 専業主婦で母になると自分の存在が宙に浮いたようになるものとして描かれ、子供の純粋で冷静な対応で崩壊しかけた家族が元の形に戻っていく姿は、意外と他人事ではないのかもしれません。 旦那さんの愛が足りないから、美容師をストーカーするのではなく、もともと旦那さんでは足りない性質だったから次々に…
執念の果てにあるものは。
心の隙間にぽっかり空いた穴…。 その穴を埋めるのは、愛する旦那? 近所の美容師? これは夫婦円満に見える家庭で起こった不気味なストーリー。 夫に触れられたいのに、触れてもらえず不満が溜まってゆく妻…。 そんな彼女の心の隙間を埋めたのは、近所の美容師の存在でした。 彼の優しい手つきと言葉に夢中になってゆく妻の姿。 美容師の何気ない言葉やメールに勘違いする彼女は、どんどん彼に依存するのでした。 端から見たらストーカー。 しかし、彼女には全くそんな気はなく、彼に親切に気軽に話しかけだだけ…。 犯罪すれすれのことであるにもかかわらず、それきに気が付かない彼女は鈍感なのか…。 それとも狂っているのか…。 彼女の姿に恐怖する傍ら、彼女の求める愛情と心の葛藤を理解したいとも感じてしまえる結末。 心に空いた穴が埋まらない限り、これから先も彼女の行為は繰り返され続けることでしょう…。 ラストの姿を見ていると、恐怖以上に同情や哀れみの念を感じてしまいました。
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