ダゲレオタイプの女 : 特集
あのキヨシ・クロサワが、衝撃的ホラー・ラブロマンスで世界デビュー!
“ダゲレオタイプ”──それは、愛と悲劇を引き寄せる《究極の儀式》
被写体に身体的・精神的苦痛を求める世界最古の写真撮影方法“ダゲレオタイプ”を題材に、異常性と美しさを兼ね備えたホラー・ラブロマンスが誕生した。10月15日公開「ダゲレオタイプの女」は、世界的評価を集める黒沢清監督が、フランスで撮り上げた、全編フランス語の世界デビュー作品だ。
同姿勢で120分間の身体拘束、まばたきひとつためらわれる──
そして複製不可能な世界にたったひとつの写真
世界最古の撮影方法=ダゲレオタイプが刻み込む“姿以外のもの”とは!?
「ダゲレオタイプ」とは何か。それは、フランスで生まれた世界最古の写真撮影方法であり、長時間の露光を必要とするため、被写体となる人物は特殊な器具によって長時間に渡って拘束される。ネガを作らず、直接銀板に焼き付けるその写真は、世界にひとつしか残らず、複製もかなわない。本作は、まばたきすることすらためらわれるこの撮影方法が導く愛と悲劇を描く、衝撃のホラー・ラブロマンスなのだ。
青年ジャン(タハール・ラヒム)が訪れたパリ郊外の美しく古い屋敷。そこはダゲレオタイプに魅了され、取りつかれたように撮影に明け暮れる写真家ステファン(オリビエ・グルメ)の屋敷だった。助手となったジャンは、写真のモデルであるステファンの娘マリー(コンスタンス・ルソー)に心ひかれていく。長時間の拘束による苦痛もいとわず、父親の狂気にも似た愛と創作意欲を受け止めてしまうマリーの姿に、ジャンは彼女を囚われの世界から救い出そうと決意するのだが……。
ダゲレオタイプが写し取るのは、果たして被写体の姿だけなのか。モデルを務めながらも自ら命を絶っていたステファンの妻の存在も明らかになり、物語は美しさと死の匂いが共存する異様性をかもし出していく。ジャンはマリーを救えるのか。ふたりの愛、そしてステファンの狂気の行方から目が離せなくなる。
“異常”、だが“美しすぎる”世界をフランス映画として撮ったのは
カンヌ、ベネチアほか数々の映画賞受賞歴を持つ日本が誇るカリスマ・黒沢清!
様式美にのっとった、クラシカルで端正な不可思議な世界。フランス映画界に“新人監督”として新たなジャンルを打ち立てたのは、欧米出身の人物ではなかった。それは驚くことに、日本の映画監督、黒沢清なのだ。
「回路」の01年国際批評家連盟賞受賞を筆頭に、カンヌ国際映画祭では、08年の「トウキョウソナタ」が「ある視点」部門審査員賞を受賞、15年の「岸辺の旅」が「ある視点」部門監督賞受賞を果たした。ベネチア映画祭には、07年の「叫」ほかで参加し、12年には「贖罪」が「アウト・オブ・コンペティション」部門にテレビドラマとして異例の出品。そしてベルリン国際映画祭では、16年の「クリーピー 偽りの隣人」が出品された。まさに世界3大映画祭を中心に、世界的な評価を受ける日本が誇るカリスマだ。その黒沢監督が外国人スタッフとキャストによるオール・フランス・ロケを敢行。全編フランス語のオリジナル・ストーリーを作り上げたのだ。
満を持しての世界デビュー。長年のファンにとってはまさに新境地へと踏み出した待望の一作に違いないが、ストーリーや世界観から本作に関心を持った映画ファンにとってもこれは朗報。日本のみならず世界で評価される名監督が、存分に実力を発揮した作品であるからだ。こだわり抜かれたロケーションで、全編を通してかもし出される不穏な空気感。異常でありながらも美しい世界を、ぜひ堪能してほしい。
美麗、幻想、退廃、悲恋、耽美、偏愛、エロス、執着──
映画ファンが求める世界観は本作でさらに深みを増す
美麗、幻想、退廃、悲恋、耽美、偏愛、エロス、執着など、本作が映し出す多くのテーマに、好奇心が刺激される映画ファンは多いに違いない。
本作では、ダゲレオタイプの被写体を務めていたステファンの妻が、自殺したにも関わらず、その姿を随所に登場させるが、その「生きているのか死んでいるのかはっきりとは分からない存在」に翻弄されるサスペンスは、アルフレッド・ヒッチコック監督の「めまい」をほうふつとさせる。また、そのドレス姿の妻が少しずつ近づいてくる度に恐怖が増幅。これは、赤い服の女が現れる黒沢監督作「叫」にその原型を見ることができるだろう。
生者とそうでない者という、「住む世界が違う者同士」が心を交感するさまは、人造人間と少女の悲恋を描いたティム・バートン監督作「シザーハンズ」的とも言えそう。人間が「人あらざる者」に魅了され、生気を失っていくというモチーフは、日本の怪談がベースになっていると考えられるが、名匠・溝口健二監督の「雨月物語」も同じ要素を含む。同作の日本、「ダゲレオタイプの女」のフランスと描かれる舞台は違うが、幽玄かつ妖美な世界観が共通している。
そして、天才的な才能を持つアーティストが、エロスと密接に関係した世界に偏愛を注ぎ、執着していくさまは、トム・ティクバ監督作「パフューム ある人殺しの物語」を思い出させる。その先に待っているものは何か?と考えても、不安しか湧いてこないのが恐ろしい。
数々の作品によって描かれてきたこうした世界観を、本作がさらに深化させるのは間違いないはずだ。