「戦争に英雄などいない」ダンケルク 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
戦争に英雄などいない
IMAX2Dで観た。映像はとにかく大迫力である。追い詰められた連合軍兵士が逃げ惑う。ナチス軍は神出鬼没だ。一瞬の判断が生死を分かつ岐路となる。どう判断しても死ぬ時もある。判断などできない場面もある。ほとんど運だ。
いかなる意味でも戦争は肯定すべきではないが、本作品は戦場の真っただ中に放り込まれた人間たちが、どのようにして生き延びたのか、あるいは死んでいったのかを、登場人物それぞれの表情まで映しながら描いていく。音響も凄まじく、映画館で見るべき作品のひとつである。
台詞の少ない映画だが、登場人物の口をついて出る言葉が祖国だ。祖国へ帰るという思いでひたすらに生きのびる。聞こえのいい話だし、実際の歴史でも撤退はチャーチルの勇気ある決断だったとか、人的資源を温存できたことで次のノルマンディー上陸作戦の成功につながったとか言われている。
しかし、祖国という言葉が永遠のパラダイムであるかのように人々の口から語られる限り、争いは何度も繰り返される。祖国を守るために戦うと言えば聞こえはいいが、相手も祖国を守るために戦っているのだ。どちらにも正義はない。そもそも祖国などというものは、地球の歴史上、科学的な根拠は何一つない。人間がでっち上げた共同幻想に過ぎないのだ。
作品中に何度も登場する生と死の分かれ目の場面では、もはや国家も何もなく、誰もがただ生き延びるために本能的に行動する。誰も他人の死を死ぬことはできない。運がよければ生き延びる。悪ければ死ぬだけだ。英雄などどこにもいない。
そういう映画であった。