劇場公開日 2017年9月9日

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「緊張感が素晴らしい」ダンケルク アラカンさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0緊張感が素晴らしい

2017年9月10日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

悲しい

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知的

字幕版を鑑賞。ダンケルクはフランスの北側,ドーバー海峡に面した港湾都市の名前で,第2次大戦初期に連合国がナチスドイツに圧倒されて一時的な撤退を余儀なくされた時に,フランスに進駐した 40 万人ものイギリス兵を本国に撤退させるための困難な作戦を決行した場所であり,本作は史実に基づいた作品である。戦争映画といえば,先日「ハクソー・リッジ」を観たばかりであるが,流血シーンすらほとんどない本作は,息もできないほどの緊張感という点では,「ハクソー・リッジ」には及ばなかったものの,生き残ろうとする各兵士の張り詰めた緊張感では全く引けを取っていなかったと思う。

史実が元にあり,英国では知らぬ人もいないほどの有名な話であるため,いかにクリストファー・ノーラン監督でも勝手な脚色ができなかったためか,話の時系列を多少オーバーラップさせたり戻したりして脚本に奥行きを与えようと努力していたのが察せられたが,その試みはしっかり実っていたと思う。また,同盟国であるフランス兵に対する仕打ちが美化されずに描かれており,乗船を待つ長蛇の列を少しでも先に進もうとする涙ぐましい努力もそれぞれ見応えがあった。究極の状況に陥った時には誰もが我が身を最優先にし,他者を無慈悲に踏み台にするという状況も生々しく描かれていた。

そんな中で,計器の故障のため帰還するための燃料が読めない状況に陥りながら,自軍の兵士の命を一人でも救おうとドイツ軍機に決死の攻撃を仕掛けるスピットファイアのパイロットや,ドーバーを越えて自国軍人を一人でも連れ帰ろうとする数多くの小型船舶とその所有者たちの,愛国心みなぎる数々の台詞や態度に,骨太の英国人の姿を見せてもらった気がした。いつの時代でも,我が身を顧みずに他者のために行動する人がいなければ美談は生まれないのである。

役者は,敢えて有名人を排除してリアリティを出そうとしたような感じを受けるが,スピットファイアのパイロットには「インセプション」や「ダークナイト・ライジング」でノーラン作品への出演もあるトム・ハーディ,小型船舶の所有者に「ブリッジ・オブ・スパイ」でアカデミー助演男優賞を獲得したマーク・ライアンスが起用されてしっかり画面を引き締めていた。一方,主役級の兵士でもマーキングが不十分で,しかも重油まみれになって顔がわかりにくくなり,ほぼ誰が誰なのか分からなくなるというのは,こういう映画では致命的ではないかと思った。

音楽は大御所ハンス・ジマーで,感極まったようなテーマ曲もさりながら,登場人物たちの焦りや悲嘆など,感情の起伏をよく音楽化して聞かせてくれていたと思う。感情を抑えながら誇らしさに身が震えるようなテーマ曲は,エルガーの「エニグマ変奏曲」の第9変奏「ニムロッド」を感じさせるものがあり,「グラディエーター」でワーグナーに寄せて書いたジマーが,今作では英国に敬意を表してエルガーに寄せているような気がし,その試みは見事に成功していたと思われた。

「インセプション」や「トランセンデンス」「インターステラー」などの SF ものでは名の通ったノーラン監督が,なぜ本作の脚本まで書くほど気に入ったのかはよく分からないが,英国人としての血が騒いだのかも知れない。グロシーンを極力避けながら,あの緊張感を持続した手腕は確かだと思うが,自由に改変ができないという縛りは,彼らしさをかなり削いでしまったような気がする。ただ,それは彼独特の分かりにくさが減ったことも意味するので,私は評価したい。
(映像5+脚本4+役者4+音楽4+演出4)×4= 84 点。

アラ古希