「映画を通して偉業をクールに再検証するイーストウッド監督」ハドソン川の奇跡 Kazu Annさんの映画レビュー(感想・評価)
映画を通して偉業をクールに再検証するイーストウッド監督
クリント・イーストウッド監督による2017年製作の米国映画。
原題Sully、配給ワーナー・ブラザース映画。
トム・ハンクスによる抑えに抑えた演技とイーストウッド監督による英雄視しないクールな演出で造形された機長というプロフェッショナル像が、物凄くカッコ良くて、拍手!
実在のサレンバーガー機長の準備を重視し、頻回チェックを怠らない用意周到さを、きめ細やかに表現した脚本も秀逸に思えた。やはりというべきか、プロ中のプロは、基本的な細かい部分の積み重ねを長期間行なっており、事故ケース研究や事故調査も行なっていたらしく、成程と納得させられる。そして、軍隊時代の緊急着陸の成功経験の映像の挿入。自分はあの経験があったがために、判断を誤りハドソン川に降りたのか?機長の自問自答が説明無しで映像的に示されて、実に上手い。
機長の判断が適切であったか、それを検証するコンピューター・シュミレーションも利用した国家運輸安全委員会の規模と参加人数の多さにはとても驚かされた。当初、他パイロットによる模擬操縦も含めて安全に空港に戻れたとの結果であったが、人間なら仕方がないロス時間35秒も考慮すると、どのパイロットによっても安全に空港には戻れなかった。
機長糾弾の委員会の姿勢は事実とは異なるらしいが、この検証の流れは事実らしい。大変に映画的な展開であると共に、上手くいったものを結果オーライとせず、敢えて再度科学的に検証しようとする姿勢に大いなる敬意を覚えた。これがあったからこそ、エンジンを完全喪失の旅客機をハドソン川に不時着させた機長の凄さが、より明確になったところがある。
委員会の描写の丁寧さと事実改変を考えると、監督らは、この映画を通して、安易な英雄視は、逆の悪玉扱いも含め厳禁で、この様な検証過程こそを、大切にしていかなければならないと訴えている気もした。それこそが、クリント・イーストウッド監督が、最近ずっと映画製作を通して行ってきていることだから。
蛇足だが、この映画のタイトルで『・・・の奇跡』という邦題をつけた人間の品性や知性を疑ってしまった。クリント・イーストウッドをはじめ製作者は多分、英雄とか奇跡で安易に終わらせてはいけないと考え、この映画を作っただろうに。映画製作の意図をあまりに踏み躙っていて、悲しくなってしまった。作り手のプロ達に最低限の敬意は持つべきと思った。
製作クリント・イーストウッド、フランク・マーシャル、アリン・スチュワート、ティム・ムーア、製作総指揮キップ・ネルソン、ブルース・バーマン。
原作チェズレイ・サレンバーガー、ジェフリー・ザスロー、脚本トッド・コマーニキ(博士と狂人等)。
撮影トム・スターン(MEG ザ・モンスター等)、美術ジェームズ・J・ムラカミ、衣装デボラ・ホッパー、編集ブル・マーレイ、音楽クリスチャン・ジェイコブ、ザ・ティアニー・サットン・バンド。
出演はトム・ハンクス、アーロン・エッカート(「ダークナイト」で検事ハービー・デント)、ローラ・リニー、クリス・バウアー、マイク・オマリー、アンナ・ガン、ジェイミー・シェリダン。
> 安易な英雄視は、逆の悪玉扱いも含め厳禁で、この様な検証過程こそを、大切にしていかなければならないと訴えている
なるほど、です!ちょっと感動。ナイスレビューですね。
そうだとしたら、たしかに邦題はイマイチかも。