ある戦争 : 映画評論・批評
2016年10月4日更新
2016年10月8日より新宿シネマカリテほかにてロードショー
本音で観客のモラルに訴える、心理的戦争映画
戦争映画は数あるものの、本作はあえて心理的戦争映画と呼びたくなるような、モラルを重く問いかける作品だ。とはいえ監督は、ここで個人を断罪しようとしているわけではない。そうではなく、そういう個人を犠牲にするもっと大きな権力、政治的な社会を見据え、観た者ひとりひとりの心に深い反響を起こすことを狙いとしている。
物語はアフガニスタンの戦地を舞台にした前半と、法廷ドラマの後半とに分かれる。前半では、市民の安全を守るためにデンマークから平和維持軍として派遣された兵士たちが、タリバンの激しい襲撃に遭遇。一刻を争う状況のなかで隊長のクラウスは部隊のサバイバルのため、軍のルールを破り、敵を視認できぬままに空爆を依頼する。部隊は九死に一生を得るが、すぐに民間人が犠牲になったことが報告され、クラウスは強制帰国となり、後半はその軍事裁判に話が移る。
トビアス・リンホルム監督はこれまで「偽りなき者」をはじめ、トマス・ヴィンターベアの脚本を何本も担当してきただけに、綿密な構成とキャラクター作りに傑出している。兵士役の大半が俳優ではなく本物の兵士という臨場感あふれる前半の修羅場のなかで、観客はまず、クラウスのカリスマティックで誠実な人柄に好感を寄せるだろう。そして彼の判断はもっともであり、結果がどうあれ誰にも彼を裁くことなどできないのではないかという思いを抱きながら、後半では彼を追い詰める冷徹な検事、クラウスの部下たち、家族など、さまざまに立場を異にする者たちの視点に立ちあうことになる。罪悪感にあえぐクラウスに、「死んだ子が何よ。生きている我が子を考えて!」と思わず叫ぶ妻の言葉にどきりとしながらも、それは本音だと頷いてしまう人もいるかもしれない。あくまでリアルな、乾いたトーンのなかで、映画は観る者の感情に揺さぶりをかける。
本作が、強者監督揃いのデンマークを代表してアカデミー賞の外国語映画賞にノミネートされたというのも、納得だ。
(佐藤久理子)