「いともたやすく行われるえげつない行為。 その昔、ヒロインを復活させるために時間を巻き戻したヒーローがいたんですが…。」ザ・フラッシュ たなかなかなかさんの映画レビュー(感想・評価)
いともたやすく行われるえげつない行為。 その昔、ヒロインを復活させるために時間を巻き戻したヒーローがいたんですが…。
スーパーヒーローが一堂に会するアメコミアクション映画「DCエクステンデッド・ユニバース(DCEU)」の第13作。
『バットマン』シリーズ(1989-1997)をはじめとする過去のDC映画とのクロスオーバー作品でもある。
世界最速のヒーロー“フラッシュ“は時間の壁を突破しタイムトラベルを可能にする能力に目覚める。その力を使い過去を改変し、少年時代に殺された母親を救うのだが、それが思いも寄らぬ事態を引き起こしてしまう…。
○キャスト(DCEU)
バリー・アレン/フラッシュ…エズラ・ミラー。
ブルース・ウェイン/バットマン…ベン・アフレック。
ダイアナ・プリンス/ワンダーウーマン…ガル・ガドット。
アーサー・カリー/アクアマン…ジェイソン・モモア。
〈ティム・バートン版『バットマン』シリーズ(1989-1992)から〉
ブルース・ウェイン/バットマン…マイケル・キートン。
〈『バットマン&ロビン/Mr.フリーズの逆襲』(1997)から〉
ブルース・ウェイン/バットマン…ジョージ・クルーニー。
別次元のスーパーマンを演じるのは『キック・アス』『スパイダーマン:スパイダーバース』の、オスカー俳優ニコラス・ケイジ。
ジェームズ・ガン監督による新生DCユニバースの始まりが近づく中、DCEUの事実上の最終回である本作を鑑賞。
世界最速を自負するフラッシュだが、映画化実現までには紆余曲折の道のりがあった。
フラッシュの映画化は1980年代から動き続けており、それがようやく現実味を帯びたのはDCEUというフランチャイズが誕生してからの事である。
『バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生』(2016)で初登場したフラッシュ。彼を主人公にした単独作は、当初は2018年の公開が予定されていた。監督に指名されたのはジェームズ・ワンだったのだが、彼にはフラッシュかアクアマンかという選択肢が与えられており、結局はアクアマンの映画化を選ぶ。こうして『アクアマン』(2018)が先に公開され、『ザ・フラッシュ』は後回しとなった。
ジェームズ・ワンの後釜として考えられたのは、『LEGOムービー』(2014)のフィル・ロード&クリストファー・ミラー。『レゴバットマン ザ・ムービー』(2017)の製作を務めるなど、DC作品に馴染みの深い彼らだが、最終的には『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』(2018)の監督を選んだため、彼らの監督就任は実現しなかった(結局2人は『ハン・ソロ』の監督を降板してしまうのだが…)。
製作でまごついているうちに、エズラ・ミラーは『ファンタスティック・ビースト』シリーズ(2016-2022)への出演が決定。そのため、『ザ・フラッシュ』の撮影は2019年以降へと持ち越しとなってしまう。
その間に『IT/イット』シリーズ(2017-2019)のアンディ・ムスキエティが監督に就任したり脚本が完成したりマイケル・キートンの参加が決定したりといった進展があり、ついに2021年に撮影が開始。運悪くコロナウィルスのパンデミックと鉢合わせてしまったが、何とか作品を完成にまでこぎつける。
しかし、ここでまたトラブルが。2022年、エズラ・ミラーが暴行、窃盗、不法侵入、グルーミングなど、様々な罪状で逮捕されてしまう。元々お騒がせ俳優の側面はあったが、今回はその限度を遥かに超えており、司法取引により懲役刑は免れたものの、1年間の保護観察処分が下された。
この件を受け、ワーナーは3つの選択肢を迫られた。
①このまま予定通り公開する。
②エズラ・ミラーの出演シーンを代役で取り直す。
③映画自体をお蔵入りにする。
結果としては①が選ばれ、映画は公開されたのだが、大々的なプロモーションを展開する事は出来ず、興行成績は惨敗。スタジオへ約2億ドルの損害を与えるという、スーパーヒーロー映画史に残る大赤字映画となってしまった。
苦節数十年、悲願の映画化だったはずなのに何故こんな事になってしまったのか。あの時、ジェームズ・ワンがアクアマンを選ばなければ…。ロード&ミラーがハン・ソロを選ばなければ…。コロナが流行しなければ…。というか、そもそもエズラ・ミラーが暴走しなければ…。本作の制作過程のゴタゴタは、あたかも映画の内容とリンクしているようである。もしかしたらフラッシュが過去を改変した事により出来た歪が、ここに影響を及ぼしたのかも知れない。
興行成績はともかく、批評的には賛否両論を受けた。確かにこの内容は賛否が分かれるというか、良いところと悪いところがはっきりしている映画だと思う。
まずひとつ間違いなく言えるのは、主演を務めたエズラ・ミラーの演技力が素晴らしい!✨
本作はエズラ・ミラーでなければ成立しない作品である。だって主人公、相棒、そしてラスボスまで全部エズラが演じてんだもん。そりゃ代役立てて取り直すなんて不可能だわこれ。
凄まじいのは映画の大部分がエズラの一人二役によって進行しているという点。非モテ童貞な今バリーと、バカチャラ男な若バリー。まるで正反対の人物を違和感なく演じ切っており、何も知らない人が観たら、「この役者さん双子?」なんて思うのではないだろうか。
例えば『スーパーマンⅢ/電子の要塞』(1983)ではクリストファー・リーヴが善と悪のスーパーマンを演じ、その対決が見どころだった訳だが、それはあくまでも映画のほんの一部分に過ぎなかった。今作はそれとは全く違う。
作品はエズラ・ミラーの独擅場と化しており、もちろんそれは映像技術の革新がなければ成り立たない事ではあるのだが、それ以上に彼の圧倒的な演技力とスター性、チャームがなし得た偉業であるという事は強調しておかなければならない。
そしてもう一点、マイケル・キートンのバットマンリターンについて触れないわけには行かない。
『バットマン リターンズ』(1992)から約30年の時を経て復活したキートン版バットマン。バットスーツを着込んで登場した彼を見た時の「うぉっ…!ホンモノのバットマンだ…!!」という感動は何物にも変え難い。
正直言うと、若い頃のキートンはどうしたってブルース・ウェインには見えず、特に『1』(1989)を初めて観た時なんかはかなり拒否反応を示してしまったのだが、年齢を重ねた事によりその部分がスッキリ解消された。今の彼はどこからどう見てもバットマン。そしてブルース・ウェインである。もうフラッシュとかどうでもいいからキートン版バットマンの続きを今すぐ観させてくれぃ!なんて思ってしまった。
今回、ベンアフも頑張ってアクションをこなしていたが、彼がどれだけ良い演技をしようが結局はキートンバッツ登場へのお膳立てというか下拵えになってしまう。そう言う意味では冒頭のシークエンスはものすごく贅沢かつ残酷である。あのベンアフを噛ませ犬として使ってんだもんね。
まぁ今回ばっかりは仕方ない。ベン・アフレックにはグッと涙を呑んでいただきたい。
エズラの演技とキートンバッツ復活については両手を挙げてサイコー!と叫びたいが、後半の展開については正直かなり不満を持っている。
今作は、過去のDC作品とのクロスオーバー要素を持ついわばお祭り映画である。冒頭から中盤にかけてはそういったお祭りの高揚感というか、陽性な楽しさが感じられる。バカ丸出しの若バリーのコミカルさが物語を引っ張り、ノーラン版以降のリアルでシリアスな路線ではなく、90年代を彷彿とさせるコミック然としたバットマンワールドが映画に色を添える。
また、腕の傷を自ら縫いながらニヤリと笑うキートンバッツなど、映画全体に「よっしゃ!やったるぜ感」が漂っており、ゾッド将軍との最終決戦に向けてどんどんテンションが高まってゆく。
しかし…。いざ決戦が始まるとバッツ軍団はどんどん劣勢に。あっスーパーガール死んじゃった…。えっバットマンまで…。へ?これって負けイベントだったの…。
パワーを利己的な目的で使った事により、世界が大変な事になる。人の生き死にを勝手に修正したらいけないんやでー、という事を表すため、ヒーローがジリ貧になってゆく様を描いたのだろうが、前述したようにこれはお祭り映画。そんなボロボロの状態より、ヒーローたちが悪を爽快に打ち破る様が見たかったし、それを見せるべきだと思う。お祭りに全振りした『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(2021)を見習えと言いたい。誰も人類滅亡エンドなんて見たくないんだよね。
あと、『スター・ウォーズ』もそうだが、往年のヒーローを復活させておいてそれをわざわざ殺すって、それ本当にファンサービスになってるのか?殺すくらいなら登場させるなよ!と個人的には思うのだけど。
後半陰気くさくなるという事で言うと、満を持して登場したスーパーガールの描き方についても問題があると思う。
パツパツタイツのコスチュームはエチチで良かったが、「希望」と「優しさ」と「思いやり」の象徴であるスーパーガールをあんな陰気なキャラにする必要があったのか?
また、彼女の活躍シーンの少なさについても不満が残る。ただ殺される為だけに出てきたみたいなもんじゃん。これにはストーリーの都合に合わせてキャラクターを弄んでいるような薄ら寒さを感じる。別に彼女がゾッドを倒してハッピーエンドでも全然よかったのにねぇ。
タイムトラベルやマルチバースの細かい設定に関しては、考えれば考えるほど頭が痛くなってくるのでここでは置いておきたい。
ただ、今バリーと若バリーが居ることを考えると、過去に戻ると元の時間軸の自分と過去の時間軸の自分の2人が存在するというのが基本ルールであるはず。終盤、バッツとスーパーガールの運命を変えるために過去に戻るが、その時は別に分裂していなかったよね。これは一体…とか、もうこういう事は考えないでおく。
フラッシュが過去を改変したせいで新たな時間軸が生まれた訳だが、じゃああのクリストファー・リーヴバースやニコラス・ケイジバースもフラッシュが原因なの…?とかそう言う事も考えない。「マルチバースの事はよくわかっていない」ってライバル会社の某魔術師も言っていたし、考えても仕方がない。
このタイムトラベル描写はなかなかフレッシュで、停止した時間が球形の時間軸の中に並列的に存在しているという映像はまるで「ジョジョ」のスタンドのようで新しさを感じた。
ただ、CGで過去にDC作品に出演した俳優たちを再現すると言うのはいかがなものか。ジョージ・リーヴスやクリストファー・リーヴなど、今は亡き名優たちの姿に涙した人もいるかも知れないが、それ作り物だから。CGで偽物作って「往年のスターにカメオ出演してもらいました!」って、別にそんなん見たくない。
それならテレンス・スタンプとかヘレン・スレイターとかダニー・デヴィートとかハル・ベリーとかミシェル・ファイファーとかジム・キャリーとかアーノルド・シュワルツェネッガーとか…。現役俳優の生の出演の方が100万倍嬉しいぞ。
エンディングのジョージ・クルーニー登場には驚いた。昔はバットマンを演じた事をめちゃくちゃ後悔していたのに。人は変わるものである。
ただ、このエンディングもよく考えるとモヤる。ベン・アフレックの存在が消されてしまったんですが…。キートンの噛ませ犬にさせられた挙句、いなかった事にされてしまうベンアフ。彼何か悪い事しましたっ!?
序盤〜中盤にかけてのコメディは良かったが、終盤からのシリアス展開で目に見えて失速。実に勿体ない作品だった。
「人の生き死にを自由にしようなんて、おこがましいとは思わんかね」という「ブラック・ジャック」の名言みたいなメッセージにはなるほどと思いつつ、確かDCにはヒロインを蘇らせるため時間を巻き戻したヒーローがいましたよね…。今回、その人が「大変だねー」みたいな感じで別次元からひょっこり覗いてたけど、あんたも同じ事してるからね!?
…という訳で、今夏公開予定の新作『スーパーマン』楽しみにしてまーす。