「タイトルなし(ネタバレ)」海よりもまだ深く まゆうさんの映画レビュー(感想・評価)
タイトルなし(ネタバレ)
阿部寛はカッコいい役柄と、いわゆるダメ男の両極端な役柄がどちらもハマる珍しい類いの俳優さんですが、これは完全に後者。
全体としては、何度も繰り返し見る度に深まるタイプの作品で、じわり、じわりと静かに進むけど無駄なエピソードが一つもありません。とてもスマートにまとまっています。ハナレグミの歌も作品にぴったり。とにかくキャストが素晴らしく、役者さん達の演技や、深い名ゼリフの数々に思わず唸ってしまうこと必至。
私自身を含め、実際多くの大人たちが、子どもの頃なりたかった大人になれない…少なくとも完璧とは言い難い。
だけど、それでも生きていくんだよな。自分の人生だもんな。そんな風に、情けないところもひっくるめて、自分自身を愛するように愛したくなる映画、という表現が一番近いかもしれません。
作品の終盤、主人公が父親の遺品の硯で墨をする場面が出て来るのですが、この映画のカタルシスと思います。この後場面は切り替わり、電車に揺られながら、主人公が布にくるんだ硯(らしきもの)を手に持っているシーンへと続きます。
鑑賞者はそれを見て「ああ、父親の硯を手放さなかったんだな。この先、彼は何とか自分の人生を腐らずにやっていけそうだな」という予感と共に、台風が去った後の、さっぱりした清々しい雰囲気がちゃんと主人公と重なって物語が終わるので、作中ではダメ男で(ギリ、ダメ男。このまま行ったら転落したでしょう)散々グズグズするわりに、鑑賞後は嫌な気持ちになりません。むしろ晴れやか。
年を重ねた大人にとって、離婚、子どものこと、仕事、お金、年老いていく親のこと、それぞれ所帯をもつ姉弟との微妙な距離感など、暮らしぶりは登場人物たちと多少違ったとしても、身につまされる事は多いかなと思います。こんなはずじゃなかったは誰しも一度は経験するのではないでしょうか。しかし、そんな冴えない、淡々とした、壊れものだらけのガラクタみたいな日常も、残念で情けない大人たちも、どこか愛しく、尊い気持ちにさせてくれる。
「東京物語」は美しくて、心臓から血が出てしまうけど、こちらはたまにクスッと笑えて、最終的に人間賛歌で終わるのがとても良いです。元気になれます。
配役が最高でした。全員バッチリハマってた、全員光ってました。今まであまり気にしたことなかったのですが、橋爪功って上手いなぁと感心してしまいました。