レッドタートル ある島の物語 : 映画評論・批評
2016年9月13日更新
2016年9月17日よりTOHOシネマズ日本橋ほかにてロードショー
スタジオジブリとオスカー監督による、詩情と哲学と奇跡が詰まった大人のアニメ
現実の人生がそうであるように、この映画でも理不尽なことが起きる。不条理な場面や衝撃の展開もあり、世界のままならなさに圧倒されてしまう子供もいるかも。だが本作は、まぎれもないスタジオジブリ作品なのだ。ジブリとしては異例の、夏休みにも冬休みにもかからない9月封切りという時期からも、想定する層が家族連れではなく大人の観客だと察せられる。
嵐で荒れる海。男が波にのまれ、無人島に流れ着く。男はイカダを組み、水平線の先を目指す。だが毎回、外海に出る前に何ものかに妨害され、島に戻るしかない。そんなある日、男の前に大きな赤い海亀が現れる。
序盤、広大な海や厳しい自然と対比させるかのように、引いた構図で男がごく小さく描かれる。浮世絵や水墨画のような簡潔な線と淡くくすんだ彩色もあれば、スーラの点描画やターナーの風景画のように色彩の粒で空間を満たしもする。
顔のアップは少なく、目は小さな黒点で描かれ、安易に感情を伝えようとはしない。言葉が発せられることもない。意味の上でも、絵作りでも、説明しすぎず余白を残した。解釈の余地が大きいからこそ、観客はさまざまな体験と重ね、人生の哲学や自然観を読み取ろうとするのだろう。
監督は、オランダ出身で英国在住のマイケル・デュドク・ドゥ・ビット。2001年にアカデミー短編アニメ賞を獲った「岸辺のふたり」(水平線、草原、親子の別れなどの要素が今作にも登場する)に、鈴木敏夫プロデューサーが惚れ込み、長編を作らないかと持ちかけた。初の長編となるビット監督のたっての願いで、高畑勲が脚本と絵コンテなどで協力。ジブリが外国人監督を起用したのも初めてだ。
言葉がないぶん、音楽は雄弁だ。幻想的なシーン、情緒的な場面で美しい旋律が響き、アニメーションと音楽だけで詩情を謳いあげる。赤ちゃんウミガメや浜辺のカニなど小さな生き物たちも、愛らしい動きととぼけた表情で和ませてくれる。
いわゆる“ファミリー映画”ではない。それでも、案外と子供のほうが、理屈ではなく感覚で物語に入り込み、現実とファンタジーが混在する世界を純粋に楽しめるかも。ともあれ、画期的なジブリアニメであることは疑いようがない。
(高森郁哉)