ヘイトフル・エイト : 映画評論・批評
2016年2月16日更新
2016年2月27日より新宿ピカデリー、丸の内ピカデリーほかにてロードショー
クエンティン名物満載!ミステリー要素が新鮮な西部劇版「レザボア・ドッグス」
「クエンティン・タランティーノのセリフほど役者に言ってみたいと思わせるものはないぜ」と、サミュエル・L・ジャクソンは言った。「ヘイトフル・エイト」の撮影現場でのことだ。サムに限ったことではない。カート・ラッセルもマイケル・マドセンもティム・ロスも、みんながセリフに夢中。どの言い方が最高に効果を発揮するかを探りながら、何度も何度もテイクを重ねていた。それも嬉々として!
見ればなるほど、と思うだろう。クエンティン8作目、2度目の西部劇は彼のトレードマークがいっぱい。とくに前半は本筋とは関係なさそうな、しかし型破りなキャラクターを語るユニークな会話がこれでもかと続くのだ。ときは南北戦争の6~10年後。ワイオミングで猛吹雪に見舞われた駅馬車が山小屋の雑貨店に到着。賞金稼ぎや賞金首、自称新任保安官やカウボーイ、処刑人など、憎悪に満ちた嫌われ者の8人が吹雪に閉じ込められた密室でお互いを罠に掛け合い、騙し合う。チャプター(章)立ての構成も、後半に時制軸を戻して話を転がすストーリーテリングもお馴染みの手法だし、バイオレンスも血しぶきもたっぷりで西部劇版「レザボア・ドッグス」と呼ぶこともできるだろう。ただしこれが新しいのは、ミステリーの要素が盛り込まれている点だ。
とはいってもミステリーらしからぬ展開で、後半はアッと言わされっぱなし。謎解きや伏線がどうのというより、やはりクエンティン名物の「矛盾に満ちたキャラクター」、「先が読めない急旋回」がお楽しみなのだ。そしてそこにはクエンティン自身が感じてきた、差別というアメリカの病巣が浮かび上がってくる。それをあぶり出す役者たちの、まるで舞台劇のような芝居の見事なこと! クエンティン組スーパースターズに一歩も引けをとらない紅一点、ジェニファー・ジェイソン・リーの破壊力はブリザード級だ。これは間違いなく、クエンティンがまた極めたと言える一作なのである。
それにしても忘れてならないのは、これが70ミリフィルムの「ウルトラ・パナビジョン70」で撮影された映画だということだ。クエンティンは70ミリの映写機を使って序曲と休憩、プログラムをつけたロードショー形式の上映を、アメリカでは約100館の映画館で実現させている。これはクエンティンが自分を育ててきた本物の映画体験を観客に味わってほしいという願いにほかならない。なのに日本では1館たりともこの形の上映ができないなんて……無念だ!
(若林ゆり)