ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ : 映画評論・批評
2016年10月4日更新
2016年10月7日よりTOHOシネマズシャンテほかにてロードショー
編集者と作家の複雑な関係を、入念かつケレン味を排した語り口で真摯に見つめる
1920年代後半から30年代にかけてのジャズ・エイジは〈失われた世代〉と呼ばれた天才的な作家の一群が彗星のごとく現れた時代でもあった。その代表格であるアーネスト・ヘミングウェイ、スコット・フィッツジェラルドが生涯の最高傑作を書くことができた背景には、一人の傑出した編集者の存在があった。
本作は、スクリブナーズ社の伝説的な名編集者マックス・パーキンズ(コリン・ファース)が無名の作家トマス・ウルフ(ジュード・ロウ)を発掘し、育て上げ、やがて決別に至る数奇な運命に焦点をしぼって描いている。
巻頭、パーキンズが、持ち込まれた膨大なトマス・ウルフの原稿を帰りの列車で読み始め、家族の賑わいと喧騒の中、クローゼットにこもって読み続け、翌朝、出社途中の車内で読み終えるや、深い充足感に笑みを浮かべるまでの簡潔きわまりない描写が見事だ。英国劇壇随一の芸術監督として君臨するマイケル・グランデージの、とても監督デビュー作とは思えない円熟した演出は特筆されよう。とりわけ渋く、陰影深い色調で再現される往年のニューヨークの市街風景は溜め息が出そうなほどに美しい。
釣魚に興じる豪放磊落なヘミングウェイ、名声を失墜させハリウッドで落魄しているフィッツジェラルドのエピソードは点描に留まり、パーキンズと夭折した怪物的な作家トマス・ウルフとの複雑で屈曲に富んだ友情の軌跡が、余計な思い入れや大仰な感情表出を排した、抑制を利かせた演出でとらえられる。静かな狂気を秘めたウルフのパトロン兼愛人アリーンにニコール・キッドマン、女優、劇作家志望の野心家でもあるパーキンズの妻にローラ・リニーとキャスティングの豪華さにも目を見張る。
だが、あくまで映画は、編集者と作家という一筋縄ではいかない関係を入念かつケレン味を排した語り口で真摯に見つめるのだ。そこから深い情熱を秘めながらもストイックなプロフェッショナリズムを貫いた沈着な編集者像が浮かび上がってくる。それゆえに、ラストのコリン・ファースが見せる名状しがたい表情が深い感銘をもたらすのだ。
(高崎俊夫)