「夫婦愛を試す嘘。」偉大なるマルグリット 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
夫婦愛を試す嘘。
伝説の音痴なオペラ歌手フローレンス・フォスター・ジェンキンスを主人公にした映画が今年メリル・ストリープ主演で公開されるが、この「偉大なるマルグリット」も同じ歌手をモチーフにしている。ただこちらはあくまでもモチーフであり、ストーリーはオリジナルとなっている。私の単純な発想で考えると、音痴なオペラ歌手のドラマと聞けば、ついついハートウォーミングなコメディ・ドラマを想像してしまうが、フランス映画がそんな芸のないことをするはずがなく、確かに音痴な歌手という面白さを利用するシーンもあるが、マルグリットを笑いものにするような低俗な喜劇は一切取り入れず、意外とシビアに物語を綴っているあたり、実にフランス映画らしい解釈が随所に見られる感じでこれはこれで好きだった。
主人公のマルグリットは自分が美声の持ち主だと信じて疑わないが、そんな彼女の幻想を壊さないようにと、周りの人間が嘘をついて(真実を告げないことも嘘の一つだ)あげている、という可笑しみと悲しみがこの映画の一つの構図。つまりは子供に「サンタクロースは存在するよ」と信じさせようとするのと同じ。主に夫は、妻への愛も冷めはじめ、浮気もしているし、妻の歌声が酷いということも分かっているのだけれど、ずっと嘘を吐き続けている。その苦悩と沈痛が丁寧に掬い取られていて、夫の存在がよく効いた物語だった。
この映画は、きっと夫婦愛を試す物語だったのだろうと思う。決して情熱的に愛し合っている夫婦ではないし(夫には愛人がいるし)、「歌」というものに対する考え方で言えば2人が真逆の方向を向いているような夫婦だった。けれど、大勢の観客の前で歌おうとする妻を止めさせたい夫の願いも突き詰めていけば、決して妻から歌を奪うためではなく、妻が自分らしく歌うための願いだったとすぐに分かる。妻が歌を愛し、歌が妻の人生だと知っているからこそ、マルグリッドに対して一緒に優しい嘘をついてくれる内輪の仲間の前だけで歌わせてきた。情熱は冷めたけど、また違う愛がきっとこの夫婦にはあったのかな、とじんわり思うとうれしいような余計にやり切れないような。そんな定型通りではない「夫婦愛」で成り立っていたはずのマルグリットのユニークな歌声が、若い記者と画家に発見されてしまったことで、夫の願いと妻の幻想が打ち砕かれるまでのカウントダウンが始まっていく切なさと哀れさ。最後の大舞台のシーンは、安い感動などではなく、寧ろ憐憫や皮肉として鋭く捉えた残酷かつ切ないシーンだった。分かり易い感動やカタルシスはないけれど、逆にそれがフランス映画らしくていいんじゃないかと思ったりもする。
この作品でついにセザール賞を受賞したカトリーヌ・フロが、善良で愚鈍なマルグリッドをチャーミングに演じていてとても良かった。困った女性だけど絶対に憎めない魅力に溢れていた。