劇場公開日 2016年2月27日

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偉大なるマルグリット : 映画評論・批評

2016年2月16日更新

2016年2月27日よりシネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMAほかにてロードショー

実在する音痴な歌手の史実を大胆に脚色 芸術とはかくも不確かでミステリアス!?

パリ郊外の邸宅に招かれた貴族たちの顔が、一瞬にして凍り付く。 彼らは恒例のサロン音楽会で披露された主催者、マルグリット・デュモン伯爵夫人のとんでもない音痴ぶりに、儀礼上、無反応を装っているのだ。そんな微妙なムードとは裏腹に、観ている側は笑いを堪えきれない。何しろ、音痴を自覚していない夫人が音楽会のオープニングに選んだのは、こともあろうにモーツァルトのオペラ「魔笛」の“夜の女王のアリア”。最も高い音域を必要とするコロラトゥーラ・ソプラノ歌手にとっては登竜門的な、超絶技巧を必要とする難曲中の難曲である。

話の元ネタは、アメリカに実在し、音楽の殿堂、カーネギーホールでリサイタルまで開き、CDもリリースされているソプラノ歌手、フローレンス・フォスター・ジェンキンス。となれば、映画は“裸の王様”的マルグリットに見栄っ張りな世間が躍らされる痛快なブラックコメディにシフトするのかと思いきや、さにあらず。グザヴィエ・ジャノリ監督は史実に大胆な脚色を加え、無自覚な暴走の影に夫人の女性らしい心理を潜ませつつ、さらにエッジィな仕掛けを施して観客の首元を締め続ける。

マルグリットを放置してしまうのは、自分の耳より周囲の反応を優先する貴族社会の怪しさ、伯爵家の有り余る財産目当てに集まってくる輩のあざとさ、そして、時まさにベル・エポックの波に乗り、耳障りな歌唱をアヴァンギャルドやシュールレアリズムと無理矢理絡め、面白がるメディアの節操のなさetc。それは、世界に先駆けて芸術を愛し、発掘し、支援し、育成してきたはずの、フランスの芸術至上主義に対する痛烈な皮肉と取れなくもない。

作品の特に後半が辛辣に過ぎる理由は、もしかしてそのあたりにあるのかも知れない。サウンドトラックはマルグリット役のカトリーヌ・フロの美しい歌声に、あえて他の歌手の悪声をダビニグして完成させたものだとか。監督がそこまで執着した定形外のソプラノは、音は大きく外れていても、マルグリットの一途さとも相まって、いつしか聴く者の心に染み込んで来る。少なくとも、筆者はそうだった。芸術とはかくも不確かでミステリアス!? これからご覧になる方は、是非、自分の耳で正直に判断して欲しいと切に思う。

清藤秀人

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