「彼女のほしかったもの。」偉大なるマルグリット だいずさんの映画レビュー(感想・評価)
彼女のほしかったもの。
1920年代のフランスが舞台です。第一次世界大戦後の時代です。
資産家のマルグリットは、オペラを愛しており、たびたび仲間内の会合でその歌声を披露してきましたが、音痴なのです。面白い感じの音痴です。声量はあるのに音程が取れないという人みたいです。自称コロラトゥーラソプラノ。夜の女王のアリアを意気揚々と音程はずして歌う姿はいっそすがすがしいものがあります。
ある日、マルグリットの自宅パーティーにもぐりこんだ若い(というには白髪の目立つ)批評家と芸術家が、彼女の強烈な歌を面白がり、援助をもくろんで批評家が好評と取れるレビューを新聞に載せます。マルグリットは大喜びで批評家に会いに行く。そんなところからお話が始まります。
マルグリットの求めていたものについて、ずっと考えながら見ていました。美しくすばらしい音楽をよいと思える耳があるのだから、自分の歌を聞けば酷い事は分かるだろうに、そうしなかった・できなかった、意図・理由がわかりません。語られないからです。
ですが、悲しい人だなと思いました。夫は自分に興味を示さない。夫に聞いて欲しくて歌うのに、聞こうとしてくれない。多分抱いてもくれないのだろうし、実際夫は友人と不倫にいそしんでいるし。その寂しさを晴らすためなのか、寂しさに気付かないようにするためなのか、オペラの舞台装置や衣装を集め、本物の衣装を着ては撮影会にはしゃぐ毎日を送っています。そんな妻をみて、夫のうんざりする気持ちも理解できないではないですが、ならばハッキリ言えばよいのに、体裁なのか、妻のお金が惜しいからなのか、直視を避けて他の女に逃げるだけ。破綻した夫婦そのものです。
マルグリットは、いい人です。朗らかで、心から音楽を愛しているだけ。歌いたいように歌いたいだけ。ただ、聴いて欲しい人には聞いてもらえなくて、いつも悲しい。
批評家と芸術家にけしかけられ、マルグリットはパリでの催し(たしか戦争否定・国家否定の内容だったような)で意気揚々と国家を歌います。その結果、地元のクラブから追い出されます(戦争孤児を支援する団体だったかな?)。歌う場所とコミュニティを失い、それでも髭を生やした女占い師や、道化師を演じた男性歌手に勝手に励まされ、歌の特訓をしてリサイタルを開こうとします。道化師を演じた男性歌手を教師にしますが、この流れは笑いました。断ろうと思ったのに、執事に性癖をネタに脅され、いやいや教師になります。執事のマルグリットへの忠信と献身と、変態性(マルグリットの写真にエロスを感じている?かと思えば髭の女とヤってる!など)が、面白かったです。
歌は全然うまくならないまま、そして夫の不倫を知って悲しみに打ちひしがれながら、それでも念願のリサイタルが始まります。相変わらずの音痴(このときは声も張れなかった)にざわつく客席。しかし曲の途中で夫登場。突然、マルグリットの歌声は精気を帯び、音程も取れているように聞こえます。でもたった数小節でその奇跡は消えてしまい、声を出せなくなって倒れてしまいます。
ここまでを見ていて、ああ、夫の気を引くために、夫の愛を確かめるために「わざと」ずっと下手に歌っていて、夫が見てくれたからちゃんと歌えるようになったのかなとおもい、なるほどなるほど、と思ったのですが、そうではない感じで続いていきます。
倒れて入院したマルグリットは、どうやら妄想を本格的に信じちゃっている感じだということが分かってきます。医師との会話を録ったものを聞くと、自分は大物オペラ歌手で、夫と愛し合っていて、ということを滑らかに語っております。幻の中に幸せを見出してしまったのですね。それがいつからなのか、分かりませんが、つらくてつらくて、自分が作った夢の世界の喜びに逃げてしまったのかなぁと思いました。
最終的には治療の手段として、自分の酷い歌を録音して聞かせる、一種のショック療法が取られます。うれしそうに蓄音機の前に座ったマルグリット、やはり思いとどまって聞かせまいと走る夫、でも聞いてしまったマルグリットは倒れる。
ここで唐突に映画は終わります。そろそろフランス映画にもなれましたので、聞いて倒れて終わるなという予感がしていたのでそんなに驚きません。この突然の幕切れをなぜフランス映画が多用するのか、知りたいようなそうでもないような。
夫は、マルグリットを彼女が望むようには愛せないけれど、全く気にかけていないわけでもないです。マルグリットの望みに気付きながら、それにこたえる気が起きなくて、それにちょっと傷ついてもいる様子です。不倫しておいて、僕もつらいねんという態度は、私は了承しかねるんですがね。ですがほんのちょっと、シンパシーは感じました。
悲しいお話です。どうしたら、マルグリットと夫は幸せになれたのでしょうか。せつないです。
音楽はオペラに詳しくなくても知ってる!っていうメジャー曲が多かったです。