「貴方だけは真実を言ってほしかった・・・」偉大なるマルグリット りゃんひささんの映画レビュー(感想・評価)
貴方だけは真実を言ってほしかった・・・
お気に入りのフランス人女優カトリーヌ・フロの新作『偉大なるマルグリット』、実在した「音痴の歌手」に着想を得た物語、ということだったが、恥ずかしながら、観るまでは、「音痴の歌手の実際の物語」と思っていました。
1920年フランスの郊外。
第一次大戦も集結し、マルグリット・デュモン男爵夫人(カトリーヌ・フロ)は、豪華な自宅のサロンで戦災孤児のためのチャリティ音楽会を度々開催していた。
呼び物はマルグリットの堂々たる歌いっぷり。
パリの新聞に音楽評論を執筆するボーモンは、左翼芸術家の友人と件のサロンに潜り込み、マルグリットの歌声を聴いたが、それはとんでもなく音痴だった・・・というハナシ。
この冒頭だけだと、「知らぬは自分ばかりなり・・・」といった勘違い主人公によるコメディ映画みたいなのだけれど、さにあらず。
実は、悩める女性の物語。
音痴に悩んでいるのでは、ありません。
彼女は、だれも真実を言ってくれないことに悩んでいる。
いやいや「だれも」ではなく、真実を言ってほしいのはただ独り。
夫のデュモン男爵だけが、自分と正面から向き合って、真実を言ってくれればそれでいいだけなのだ。
彼女は、自分が音痴なのをよく知っている。
映画の冒頭で、それをさらりと描いており、その描きかたが上手い。
冒頭に挙げたサロンでの音楽会で歌い終わったあと、彼女は自室へ戻り、鳥様の仮面をつける。
夫はいつもと同じく外出し、事故を口実にして、その場に居合わせない。
他の面々は、他室に逃げ込んでいるか、終わって心にもないお世辞を言うばかり。
だれも、自分につけた仮面を剥ぎ取ってくれない・・・
そういう演出だ。
ここがわかれば、この映画、グンと面白くなる。
ボーモンと左翼芸術家に祭り上げられたマルグリットは、どんどん過激になって、果てはパリの大会場で歌う羽目になってしまう。
このあたりになると、マルグリットは自己分裂を起こしているかのようで、「真実」を告げ欲しいために自己嫌悪を持ちつつも人前で歌うのか、それとも自己陶酔を持ちつつ人前で歌うのかがわからなくなってきている。
このパリの大会場でのリサイタルシーンは見応えがある。
それまで、マルグリットが歌う際には同席しなかった夫のデュモン男爵は、会場に足を運び、観客が哄笑爆笑するなかでも、マルグリットを見つめ続ける。
すると・・・
マルグリットの歌うアリアが、ほんのワンフレーズだけ、譜面どおりに高らかに歌い上げるのだ。
それも、それまでとは打って変わった澄んだ美しい声で。
おぉぉ、なんということか!
だが、それも束の間、マルグリットは喀血して舞台に昏倒してしまう。
ここから先も、大きな展開があるのだけれど、それは書かない。
貴方だけは真実を言ってほしかった。
自分と正面から向き合ってほしかった。
そういう映画。
エンディングもなかなか見事な幕切れ。
年頭に観た『ヴィオレット ある作家の肖像』と並んで、見応えのあるフランス映画らしいフランス映画でした。