「自立までの物語」リップヴァンウィンクルの花嫁 movie mammaさんの映画レビュー(感想・評価)
自立までの物語
非常勤でも一応は教育免許を持っているとは思えないほど、自分の頭で深く考えない、流されやすくて危なっかしい主人公の皆川七海。
SNSで知り合った彼氏となんとなく付き合い、お互いによくわかり合えてもいないのになんとなく結婚に至り、マザコン夫の母親に騙されたのか、家に落ちていた女物のピアスを夫本人に問わないまま、信頼しきれないとわかっている、綾野剛扮する安室と名乗るSNSで近づいてきた男に浮気調査を依頼。
両親は離婚していて実家は岩手だし、元々友人が少なくて、世間話の延長で近況を話せる相手がもしもいたら、「それ危ないってやめておきなよ」と必ず言ってくれる人がいるだろうに、結婚式の参列者のサクラ手配を安室に頼んだところから、30万で浮気調査、ホテルの部屋で誤解を呼ぶ隠し撮りをされ離婚、身寄りがいなくなったところで月収100万の住み込みメイドという名の道連れ心中に1000万で売られる、おそらく不動産屋の紹介、と安室と主従関係が切れない泥沼に無自覚のうちに陥る。
安室の幅のきかせ方が怖くて怖くて。黒木華もマザコン夫の母親も、双方が安室に依頼をしていなければ脚本が成り立たないし、里中真白もどこかで出会った縁の流れで最期を安室に依頼したのだろう。どう考えても怪しい男で、普通なら関わらないはずなのだが、人当たりが良く、親切な感じ、マメなところに人は困り事を頼もうと思ってしまうのだろう。人が弱っているのを見逃さず、優しくしているようで手中にかけていく怖い男。皆川七海からは、サクラ代、浮気調査代30万、夫の母親からは別れさせ屋代、里中真白からは1000万、里中真白の残したお金から、手数料やお墓代など諸々引いて200万弱、がっぽり稼いでいる。真白が払った1000万から七海に半年分くらいの月100万のメイド代おそらく600万程度を支払い、引っ越し祝いに粗大ゴミから家具を集めてきてもなんら痛手は被らないのに、マメに連絡や送り迎えや荷物運搬をして貰う事で、安室がリアルにお金をやり取りする場を見た後でさえ、アムロを頼り親切でして貰っている気がしてしまう七海。
キャバ嬢の知り合いに、私は割り切れないやと言っていた割に、あれよあれよと側から見れば堕ちていくが、週一回の不登校の生徒へのオンライン指導で、どうにか首一枚裏社会に落ちずに繋がっている状態。
なのに、どんどんイキイキしてくる七海。最初はスマホを見てスマホに本音を呟いてばかりだったが、アル中の母親と離れてAV女優をはじめ末期の乳がんで亡くなる里中真白との、謎の豪邸での2人暮らしを通して、表情にも血が通ってくる。
ここを岩井俊二監督は描きたかったのかな?結婚がダメになろうと、AVに出ようと、何に手を染めようと生きていれば人との関わりもあるしどうにかなるけど、死んだらおしまいだよと。
最初の結婚式のシーンなんて、黒木華の顔が暗すぎて、本当に見てられないもの。でも、ずっと「あっ」とか「えーっと」が枕詞で主張や意志が感じられない七海だったが、里中真白の遺骨を母親に届けたところで、やっと、自らの意思で「呑みましょう」「おかわりください」と色々吹っ切れたかのように焼酎を飲む選択をする。ここまでずっと待ってきて、自発的な主人公がやっと見れた、という感じ。それまでも、夫から追い出されて荷物を持って倒れ込むようにたどり着いたホテルでパートを頼んだりと、生きていかなければという粘り強さは感じられるのだが、なんだかとても危うい感じで。
実はその危うさに、安室も仕事以上の気持ちを抱いているのかな?とかも思うけれど、1000万で売っているのだから恐ろしい男。
指先から結婚指輪はなくなった七海だが、色んな世界に足を踏み入れ人生経験が短期間で豊かになって、最後には晴れ晴れとした黒木華が見られる。個人的には、黒木華は慎ましく見せて、自己中やしたたかな役を見慣れていたから、今回もそうかな?と思ったが、違った。
作中の、Cocco扮する里中真白の「お金の意味」がすごく印象に残った。人は簡単に幸せになれてしまうし、世の中には幸せが沢山あって、人が真心込めて優しくしてくれる瞬間も沢山あって、でも全て真に受けていたら幸せになりすぎて壊れてしまう。だから、優しさを直視しなくて済むように、対価としてお金のやり取りが発生するように、お金が存在するんだ、というもの。確かにそうで、お金を払っていなければ、美容院にしろマッサージにしろ、自分の欲求だけのために誰かが動いてくれる事を、要求も依頼もできないよなぁと納得した。
そして、その概念の象徴のような存在が、綾野剛演じる安室なのだろう。がっぽりお金は頂くが、真白の実家で母親の悲しみに合わせて、号泣し全裸にまでなる身体をはる男。
でも、お金のやり取りがなくても快く動いてくれる人こそ本当の温かい人間関係であり、心を開くことを少し覚えた七海にも、いつかそれが手に入って欲しいなと思う。真白にも、孤独に見えて、いざ亡くなれば職場でもなく一度飲んだだけの人達が家族を装い来てくれたように。