ジャングル・ブック : 映画評論・批評
2016年8月2日更新
2016年8月11日より丸の内ピカデリーほかにてロードショー
全編CGとは思えない! 神話的物語の理想的な実写映画化
映画を語るとき、「映像マジック」という言葉が使われることはめずらしくない。しかし、その言葉がこれほど意味を持ち、ふさわしい映画がほかにあるだろうか? この実写版「ジャングル・ブック」が全編、ロサンゼルスのスタジオのみで撮影されたと知ったら、驚愕するしかないはずだ。これは、まさに魔法だ。
幕開け早々、オオカミたちと疾走する少年モーグリを追って、観客はジャングルへと深く分け入っていくことになる(ぜひ3Dで)。うっそうと茂る木々の間から差し込む木漏れ日の温かさ。光の透けた葉っぱ。風のゆらぎ。動物たちの豊かな表情や重量感、筋肉の動きに合わせてなびく体毛の流れ……。これら、モーグリ以外のすべてがCGによる作りものだなんて、とても信じられない。映画はジャングルという“世界”を完璧に創造し、自然を自然に描くという芸当をやってのけている。なんてことだ! このテクノロジーをもってすれば、ジェームズ・ディーン主演の新作映画ができても不思議じゃないぞ。しかし、この驚きは持続しない。ストーリーに引き込まれると、生命を吹き込まれた黒ヒョウやオオカミ、クマらにすっかり魅了され、いつの間にか彼らの“存在”を疑うことができなくなってしまうからだ。
ジョン・ファブロー監督がディズニー・アニメーションの「ジャングル・ブック」に特別な敬意を抱いているのは明らかだが、これは100年以上も前にキプリングによって書かれた神話的物語の理想的な映画化ともなっている。厳しい動物界に居場所を求めようと必死なモーグリは、社会においてサバイバルしようとする大人にも訴えるはずだし、自由すぎるクマのバルーや類人猿キング・ルーイ(ミュージカルシーンがすごい!)ら動物キャラクターが醸し出す厚み、人間味はどうだろう(エンドクレジットも最高!)。スリリングな展開の合間にファブロー独特の茶目っ気がはじけるのが素敵だ。そしてテクノロジー以上に、演技経験ゼロの都会っ子だというモーグリ役のニール・セディが共演者もなく成し得たことこそ、本物の奇跡と言えるかもしれない。
(若林ゆり)