「For the times they are a-changin’. 時計じかけのAppleは電気父娘の夢を見るか?」スティーブ・ジョブズ たなかなかなかさんの映画レビュー(感想・評価)
For the times they are a-changin’. 時計じかけのAppleは電気父娘の夢を見るか?
Macintosh(1984)、NeXTcube(1988)、iMac (1998)という3つの新製品発表会の舞台裏を描くことで、Appleの創業者スティーブ・ジョブズの人物像に迫る伝記映画。
監督/製作は『トレインスポッティング』『スラムドッグ$ミリオネア』の、オスカー監督ダニー・ボイル。
主人公スティーブ・ジョブズを演じるのは『X-MEN』シリーズや『それでも夜は明ける』のマイケル・ファスベンダー。
ジョブズの”仕事上の妻”、ジョアンナ・ホフマンを演じるのは『タイタニック』『ホリデイ』の、オスカー女優ケイト・ウィンスレット。
「Apple Ⅱ」の開発者でありジョブズの無二の親友、スティーブ・ウォズニアックを演じるのは『カンフー・パンダ』シリーズや『宇宙人ポール』のセス・ローゲン。
娘を巡って争うジョブズの元恋人、クリスアン・ブレナンを演じるのは『トランス・ワールド』『インヒアレント・ヴァイス』のキャサリン・ウォーターストン。
第73回 ゴールデングローブ賞において脚本賞/助演女優賞(ウィンスレット)を受賞!✨
不世出の天才スティーブ・ジョブズ。2011年に膵臓癌で亡くなってから、とにかく沢山の劇映画やドキュメンタリーが作られてきた訳だが、本作もその中の一つ。
ちなみに2013年には全く邦題が同じ伝説映画(監督:ジョシュア・マイケル・スターン、ジョブズを演じたのはアシュトン・カッチャー)が公開されており、ややこしいったらこの上無い。こういう時こそ独自性のある邦題が必要だと思うのだが…。
実業家やIT関係者からは神様の如く尊敬されているジョブズだが、個人的には全くと言って良いほど彼の事を知らない。知っている事といえば…
・いつもおんなじ服を着ている。
・ヨガとか禅が好き。
・同じ名前の相棒がいる。
・ぐうの音も出ないほどの畜生。
ってことくらい。
Apple社についても興味がない。Beatlesのアップル・レコードの方が何倍も馴染みがある。…つっても、このレビューはiPhoneで書いてるんだけどね。
とまぁ、1㎜も知らないに等しい状態でジョブズの伝記映画を鑑賞してみた訳だが、思いの外楽しむことが出来た!最初の方こそ馴染みのない人名や出来事が雪崩のように出てくるので混乱したのだが、それらについては割と丁寧に説明してくれているし、何より情報の整理整頓がキチンと為されているため物語を見失ってしまうような事態にはならない。…まぁそれでも初見でわからんところがあって、後から見返したり調べたりしたんだけどね。
著名人の伝記映画といえば、何者でもなかった若者時代から始まり、だんだんと事を成してゆき、最終的に成功ないしは破滅を迎える、というのがセオリー。
しかし、本作のスタート地点はすでにApple社が家庭用コンピュータ「Apple Ⅱ」により成功を収めた後の1984年。ジョブズとウォズニアックの出会いとか、Apple Ⅱの開発秘話とか、インドへの瞑想旅行とか、アタリ社での下積み修行とか、その辺の盛り上がりそうなエピソードはスパッと省いてしまっています。
また、映画のスタート地点もさることながら、その構成もなかなかに特徴的。脚本術の基本の基として知られる「三幕構成」ですが、本作はその三幕がめっちゃくちゃわかりやすい。第一幕「Macintosh-1984年-」、第二幕「NeXTcube-1988年-」、第三幕「iMac-1998年-」と、ジョブズの人生のターニングポイントとなった3つの商品のお披露目会直前が、同じような時間配分で描かれる。
綺麗に三幕に分かれていたり、意地悪な大金持ちが最後に改心したりと、ディケンズの「クリスマス・カロル」(1843)を意識しているのであろう脚本になっており、伝記映画でありながらただの再現VTRには留まっていない、作家性の見える物語作りには大いに満足することが出来ました。
脚本を担当したアーロン・ソーキンはフィンチャー監督の『ソーシャル・ネットワーク』(2010)でアカデミー賞を獲得している凄腕。彼の手に掛かれば碌でもないIT実業家の半生でもクラシックな趣のある劇映画になってしまうんだから不思議。
ザッカーバーグ、ジョブズと来たんだから、次はもうイーロン・マスクしかないっすよねソーキンさん!
ウォズニアック、女房役のジョアンナ、Macintoshのプログラマーだったアンディ、元ペプシのおやっさんスカリー、そして娘のリサ。
基本的にはそれぞれの時代でジョブズとこの5人がやりとり…というか口論を行う、それだけの映画である。構成といいスケール感といい、舞台劇を観ているような気持ちになる小品である。しかし、時代ごとに各人の置かれた立場や関係性は大きく違うわけで、それを順々に見ていくことでジョブズの人間性に迫っていくという手法は大変スマート。サスペンス要素も含まれており、観るものを退屈させない。
また、会話劇ではあるがジョブズは常に忙しなく動き回っているため映画には動きが生じている。登場人物たちに自然なアクションを付けることで会話劇にありがちな停滞感をなくす。この辺りの手腕はさすが名匠ダニー・ボイルといったところでしょうか。
本作が掘り下げるのは、ジョブズとリサの親子関係。ジョブズの最も人間臭い部分にスポットを当てているといえるでしょう。
ただ、ここの描き方には少々違和感もある。父娘の関係が修復される様を見せようとするあまり、母親であるクリスアンの物語が第三幕では完全にオミットされてしまっているのである。ジョブズが良き父親になった一方で、クリスアンは精神的に不安定な女性のまま放り出されしまっており、これはあまりフェアーとは言えない。彼女に対するフォローも必要だったのではないだろうか。
もう一つ気になるのは、ジョブズの妻とその子供の存在がマルっと無視されているという点。ジョブズは1991年にローレン・パウエルと結婚。3人の子供たちに恵まれる。本作ではその辺のことを少しも描いていないため、てっきりジョブズにはリサしか子供はいないのかと勘違いしてしまった。
88年から98年の間に3人も子供が生まれたんだから、そりゃジョブズの子供に対する意識だって変わる。そこを無視してリサとの関係性の変化を描くことは出来ないんじゃないか、と思わん事もない。
また、父娘関係に焦点を当てるがあまり、ウォズニアックとの関係性の描き込みが中途半端になってしまっているように感じられた。結局、彼との確執は最後まで解消されず仕舞いなわけで…。リサとの絆が生まれたから万事OK、とはいかんのではないでしょうか。
別に劇中で仲直りしなくちゃいけない、というわけではない。ただ、不和のままで決着をつけるのであればそれ相応の描写は必要だったのでは?
すごく距離が近づいたかと思いきや、次の瞬間にはバチっと離れる。兄弟にも似たこの2人の関係性はとても印象的なものであり、正直リサとの仲よりもウォズとの仲の方が気になってしまった。あの腕時計のシーンとかすごく良かったのに、なんだかフワッとしたまま終わってしまったのはすごく残念だった。
…あ!俺はリンゴ好きだよウォズ!「オクトパス・ガーデン」は誰がなんと言おうと名曲だよ!
父娘の物語に帰着させた点には少々不満もあるが、一本の映画としてはなかなかに見事。全く知らなかったスティーブ・ジョブズの事を多少なりとも学ぶ事が出来たし、満足の行く鑑賞体験となりました😊
…にしても、ジョブズってプログラマーでもデザイナーでもなかったんすね。ウォズが宮崎駿だとするとジョブズは鈴木敏夫、ウォズが鳥山明だとするとジョブズは鳥嶋和彦ということか。そういやなんか雰囲気もこの人たち似てるな…。
天性のプロデューサーと恐怖政治を敷くサイコパスは紙一重。そんな人間の下では絶対に働きたくないでござる(´・ω・`)