「主人公の成長の物語。でも勝負の世界は残刻(T^T)」3月のライオン 前編 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
主人公の成長の物語。でも勝負の世界は残刻(T^T)
長い原作のエピソードを丁寧に拾っているため、原作を知らない人にとって、何を伝えたい作品なのか、よくわからない仕上がりに。そんなてんこ盛りのエピソードながらも肝心の対局シーンは、緊迫感満点。単調になりがちなところを効果音と音楽で巧に表現していました。『聖の青春』の対局シーンと比べると演出の違いがはっきりすることでしょう。
演技面では、主役零を演じる神木隆之介の将棋バカぶりが素晴らしいです。そして、零に対して敵意と好意の両方を見せつける義姉の香子役の有村架純の演技には、上手すぎて、ゾクゾクするほど鳥肌が立ちました。
物語は、ほぼ原作になぞっているけど、少年・桐山零(神木隆之介)は、養父の幸田柾近(まさちか・豊川悦司)の元をなぜ去ったのかという本筋をなかなか明かさないで進みました。
零は幼いころに交通事故で家族を失い、父の友人である棋士、柾近に内弟子として引き取られていたのです。そして15歳で将棋のプロ棋士となりました。その過程で、最初は将棋が弱くて、何度も義理の姉香子(有村架純)に邪魔者扱いされていたのが、やがて逆転。零に負けるようではと、柾近は香子に実子の兄姉にプロの道を強制的に諦めさせたのです。怒る香子は家出を宣言。それを止めるため、零は自分から家を出ることにしたのでした。
六月町にて1人暮らしを始めた零は、周囲に溶け込めず校内で孤立し、将棋の対局においても不調が続いていました。たまたま橋向かいの三月町に住む川本家と出会い、夕食を共にするなど交流を持つようになります。
そんな折、獅子王戦トーナメントにて、香子の不倫相手である棋士・後藤正宗(伊藤英明)との対決に零は気炎を上げるます。しかし、それを意識するあまりに己の分を見失い、後藤に当たる前に対局する島田開(佐々木蔵之介)を侮っていたのです。
ここで脱線して、零の棋風について触れておきます。彼は、居飛車にも振飛車にも対応するオールラウンドプレーヤーと言われています。それはその時の気分で飛車を繰り出す、攻撃スタイルを決めているからです。理詰めでなくて、感覚的なヨミは、時として奇手を生み、一気に盤面を優勢に持っていきますが、時としてそれが悪手になったりすることが弱点でした。
その点、島田の棋風は居飛車、穴熊の堅守徹底型。零の棋風とは真逆だったのです。格上であるA級棋士になのに、穴熊戦法を組みやすいと見下していることを、島田本人に見透かされて、零は大いに恥じ入ります。島田と後藤の対局を見た零は、ひとつ自分の殻を破り、島田の研究会に参加するのでした。
その成果が発揮できたのが、新人王トーナメント。前編のクライマックスとなる対局シーンでした。新人王トーナメントの対局中に幼なじみの二海堂晴信(染谷将太)が倒れ、重い病気(慢性の腎臓病)を隠しながら将棋を指し続けていたことを知った零は、自身の力を尽くさず、千日手に持ち込んで二海堂を棄権に追いやった行為に怒りを燃やし、対戦相手の山崎順慶に闘志を燃やすのです。果たして零は山崎を破って新人王となれるのでしょうか。
また、同時に描かれる獅子王戦では島田が初タイトル獲得を目指して名人位宗谷冬司(加瀬亮)と対局します。宗谷名人は零の憧れの棋士。大盤解説を担当した零は、その対局を見てますます宗谷を必ず撃破すると誓うのでした。
後編では、宗谷との対戦が軸になるようです。
前編では、零の棋士としての成長の物語が中心に置かれていたのように思えます。棋士として成長すると言うことは、それだけだれかを打ち負かすということです。勝負の世界は残刻です。零が乗り越えていった幸田の兄姉はプロの道を断たれ、とある棋士を離婚危機に追いやり、とうとう父であり師でもある柾近まで公式戦で打ち負かしてしまうのです。柾近はプロ資格の陥落危機にありました。そのあとで零が“自分はただの将棋バカなんだよ”と泣き叫ぶシーンが印象的でした。神木の演技が素晴らしい!零はただ将棋が好きなだけなのに、対戦相手が負けることで不幸になっていくジレンマに耐えきれなくなっていたのです。きっと後編の宗谷との対戦で何かを掴むことになるのでしょう。
そして香子との関係も微妙に描かれました。プロを断たれたことで柾近に反抗する香子は、恨んでいるはずの零のアパートに度々泊まりに来ます。零の部屋で、姉なのに見つめる眼差しは、まるで挑発している女そのものとなっていました。そんなふたりがなかよく歩いているところにたまたま出くわした川本家の次女・ひなた(清原果耶)は、香子を嫉妬心を抱いて睨み付けます。まだ中学生でも、女の嫉妬は怖い!
ひなたと香子。零をめぐる恋愛模様は、後編で一層複雑に展開されそうです。
ところで、宗谷は羽生善治にそっくりで、二階堂も村山聖に似たキャラで登場していました。ただ、原作監修の先崎学は単行本の解説で、本作の各登場人物のモデルが誰かについては難しいと明言を避けています。