「自己の魂を解放しようともだえ苦しむ姿に感動」リリーのすべて DOGLOVER AKIKOさんの映画レビュー(感想・評価)
自己の魂を解放しようともだえ苦しむ姿に感動
1930年に世界で初めて性転換手術を受けたデンマーク人画家のアイナー べルナーの伝記映画。
同性愛が犯罪と見なされていた時代に、アイナー べルナーは、手術を受けリリー エルビーと改名しパスポートも所持した。映画の原作は、デビッド エバーズショフの同名の小説。2015年ヴェネチア国際映画祭で初めて上映され、トロント国際映画祭でスぺシャル プレゼンテーションとして上映された。
主演したレッドメインは、昨年「博士と彼女のセオリー」(THE THEORY OF EVERYTHING)でオスカー主演男優賞を受賞したが、受賞の檀上で、「この受賞を切っ掛けに、筋委縮側索硬化症(ALS)という難病への人々の理解が広まることを願う」とスピーチした。今回この映画で再び彼が、オスカー主演男優賞候補となったので、感想を聞かれて、「話題になったことが契機になってLGBTへの人々の知識が普及し、理解が深まることを願う。主人公は自分に正直な勇気ある人です。」と言っている。
性的マイノリテイーを示す、LGBTとは、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアルと、性同一障害を含むトランスジェンダー(性別越境者)を言う。トランスジェンダーは一般的には、生まれたときに与えられたジェンダーに対して適合できず、それを否定して自身のジェンダーを選ぶ人を指す。外科的手術やホルモン療法する人も含まれる。これ以外に、インターセックスと言い男性性器と女性性器の両方の特徴と器官(小さなペニスまたは大きなクリトリス)をもって生まれてくる人も少なくない。インターセックスを含めてLGBTIという場合もあり、たくさんのバリエーションがあって、人々の嗜好によって10人10様、性の形も、愛の形も多様だ。この映画では、トランスジェンダーで女性になった画家が、常識を打ち破って、自分の魂を解放しようと苦しみもがいた心の軌跡が描かれている。
監督のトム ホッパーは、「レ ミゼラブル」でエデイ レッドメインを起用したが、今回の脚本を読んで、すぐ彼のことを思い浮かべたという。エディは学校劇でシェイクスピアの「十二夜」で、ビオラの役(男装した女性)を演じたことがある。主役がエディに決まるまで、二コル キッドマン、シャーリーズ セロン、グウィネス パルトロー、ユマ サ-マン、マリオン コーテイヤールなども候補に挙がったという。 今回、非トランスジェンダーのエディがこの役を演じたことで、一部のトランスジェンダーのアクテイビストから批判が出ていると報道された。LGBTをテーマに扱うことが、いかにセンシテイッブなことかを裏付けている。
ストーリーは
1926年、デンマーク コペンハーゲン。
アイナー ベイナーとその妻ゲルダは、コペンハーゲン芸術学校で共に学び、ゲルダが18、アイナーが22歳のときに結婚した。子供はなく結婚してから、すでに6年も経つが、とても仲の良い夫婦だ。アイナーは、若き風景画家として評価され、注目をあびていた。彼の描くポプラの並木、湖に映る木々と光、海岸と太陽などのモチーフは、彼の生まれて育った田舎の風景だった。一方のゲルダは肖像画家として、客の依頼に応じて絵を描く。画商が求めるものを画家が描かなければ生活が成り立たない。
ある日の事。絵の完成が遅れていて依頼者から催促されているバレリーナの絵をゲルダは、仕上げなければならなかった。モデルの踊り子が約束の時間に来ないことに業を煮やしたゲルダは、夫のアイナーに、バレリーナの足の部分のモデルになってくれるように頼みこむ。アイナーは、妻に言われるまま絹のストッキングとビーズで飾られた靴を履き、チュチュを身に着けてポーズをとる。やわらかな絹のストッキングの感触、美しい靴、軽やかなチュチュの香しさ。
アイナーの中に眠っていた何かが、突然、稼働し始める。この日を境に、アイナーは次々と女性の服や化粧品を手にする。ゲルダは遊び感覚で、アイナーを女装させては、そのエロチックな姿を絵にした。ゲルダが描いた女装のアイナーの絵は、評判が良く、画商にまるごこ引き取ってもらえるようになった。二人で仲好く女性同士になって、外出もするようになった。二人は、自由を求めてパリに移住する。はじめは、女性の服に身を包んで男達に見つめられたり、誘われたりすることに喜びを感じるようになったアイナーは、次第に女性化していき、妻の肉体的要求に応えられなくなる。こんなはずではなかった。「夫を私に帰してちょうだい。」と泣いて訴えるギルダを前にして、アイナーは、「毎朝、今日はアイナーで居ようと思う。」 しかし彼の決意は長くは続かない。自分に正直であろうとすると、女性の自分しか考えられない。二人の苦悩は続く。アイナーは、何人もの医者のドアをたたくが、精神病者として扱われ、怪しげなラジウム療法や、電気ショックを受け、果てには強制入院させられそうになって、窓から脱出する事態にまで追われる。思い余ったギルダは、アイナーの幼友達ハンスを訪ねる。ハンスは昔、「アイナーにキスをしたことがあった。」ほど仲が良かった。そのハンスをアイナーは、美しく女装して待っていた。それを見て哀しみと苛立ちをみせるゲルダに、ハンスは何もしてやることもできない。
遂に1930年、どうしても女性の体になって子供を産みたいという夢をもったアイナーは、ドイツで性転換手術を受ける。段階的に、まずテスティクル除去と卵巣移植を受ける。術後、回復して次の手術を待つ間アイナーはゲルダがどんなに強く勧めても、絵を描くことをせず、ゲルダのモデルを続け、デパートで売り子になって女たちとの交流を楽しんだ。アイナーは、リリー エルべと改名して、ゲルダとの離婚も成立した。そして、翌年再び、リリーは手術を受け、念願の子宮が移植された。しかし、3か月後に移植臓器拒否反応と感染症を併発してリリー エルべは亡くなる。ゲルダは最後までリリーを支える。
というお話。
こんな難しい役をエディ レッドメインがどう演じるかが、見所。彼は、女性の体になるために極端に体重を減らした。インタビューで、「簡単だよ。朝食を普通に食べて、お昼はちょっとだけにするだけのことさ。」と言っている。 晩メシ抜きで数か月、、。背広姿を横から見ると本当に痩せて細い。彼がバレエスタジオの大きな鏡の前で全裸になるシーンは圧巻。去年アカデミー主演男優賞を取ったとき、ステファン ホーキンス教授になりきるために、彼の家に泊まりこんで、体の動きや表情を何か月も観察したという努力型の役者。体の線が細く、愛くるしい顔、アイドル ビジュアル系、ジュノンボーイと思いきや、なかなかどうしてシェイクスピアを舞台でしっかり学んだ本格派のイギリス人役者なのだ。
バレエのコスチュームを身に着けたことを契機に、自分が本当に望んでいた美の世界ののめり込んでいく姿が、順を追ってわかりやすく、スクリーンの中で語られていく。
映画の始めの頃は、昼夜なく仲睦まじく愛し合い、度重なるセックスをコミュニケーションにしていた仲良し夫婦だったのに、アイナーが女性に目覚めて男として全く反応しなくなってしまったことに、二人してショックを受けるシーンは哀しい。画面いっぱいに顔が大写しになる場面が多いが、、二人が徐々に変化していく様子が、とてもよく表情で表現されている。
ギルダを演じたアリシア べーカンデールが全身全力で夫を愛し、夫の信念を支持して、最後まで看取る、パワフルな妻を演じて素晴らしい。初めて見る女優さんだが、ハリウッドと違ってヨーロッパにはまだ、こんな良い女優がいることがわかった。
アイナー(リリー)の幼友達ハンスは、いわばこの世で最初にアイナーの女性性を感じとった男、として出てくる。彼は、アイナーのこともギルダのことも、しっかり支えるすごく「良い人」役。本当にホロリとするほど良い人ぶりを見せてくれるので、すっかり虜になりそうだ。金髪のオールバックで、美しい青い目はいつも伏し目がち、体がでかいのに威圧感を感じさせない美しい立ち姿、紳士の代表選手みたい。
最後のシーンがとても印象深い。結構長い映画で、ラストシーンなんかない方が良いような映画とか、取って付けたような説教臭いラストシーンとか、どっかで何度も見たことがあるような、お決まりのハッピーエンドとか、ちょっと考え過ぎのラストシーンとかが多くて閉口していた。でもこの映画の最後のシーンは、とてもとてもとても美しい。アイナーの絵の世界を、自然の描写で再現してみせてくれた。見ているだけでアイナーの美的世界に身も心も引きずり込まれそうだ。きっとこのラストシーンは長い事忘れることができずに、記憶に残ることだろう。