リリーのすべて : 映画評論・批評
2016年3月15日更新
2016年3月18日よりTOHOシネマズみゆき座ほかにてロードショー
トランスジェンダー映画に収まらない、リリーの「一生(すべて)」を描く物語
映画の本質を簡潔に表した邦題が素晴らしい。リリーは、デンマーク人の風景画家アイナー・ヴェイナーの心の中にあった本来の女性の人格だが、この映画は、そのリリーが生まれ、葛藤を繰り広げながら成長し、ついに肉体を獲得するまでの軌跡をたどっている。つまりリリーという女性の「一生(すべて)」を描く物語なのだ。
興味深いのは、リリーの一生の全ターニングポイントにアイナーの妻ゲルダが深く関わっていることだ。アイナーが自分の中のリリーを初めて意識したのは、肖像画家のゲルダにバレリーナの衣装を着けてポーズをとってくれと頼まれた時だった。こうしてリリー誕生のきっかけを作ったゲルダは、舞踏会にリリーの扮装で出席する遊びをアイナーに提案し、リリーの女性としての開花(この場面のリリーの鼻血は初潮を意味する)に手を貸す。さらにゲルダはリリーをモデルにした絵で画家として成功することで、リリーを社会的な存在に押し上げる。
それだけじゃない。身も心も女性になりたいと望むリリーのために、ゲルダは外科医を探し出してくる。アイナーの中のリリーを目覚めさせ、解き放ち、肉体を与えて最後まで見守る。リリーに対してゲルダが果たす母のような役まわりをクローズアップしたところが、トランスジェンダー映画に収まらない、この映画の面白さのポイントだ。
劇中のリリーとゲルダは、それぞれに苦悩する。自分の心の中で何が起きているのかがわからずに苦しむリリー。いっぽうゲルダの葛藤はより複雑だ。妻としてのゲルダは、アイナーに以前の夫に戻ってほしいと願う。しかし画家としてのゲルダには、ミューズであるリリーも必要なのだ。そのジレンマにもがきながら、リリーの最大の理解者になっていくゲルダの成長を、アリシア・ビカンダーが見事に演じている。リリー役エディ・レッドメインの計算しつくされた演技もすごいが、ビカンダーの情感溢れる演技は共感のツボを刺激する。彼女のオスカー受賞を素直に喜びたい。
(矢崎由紀子)