劇場公開日 2016年3月26日

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光りの墓 : 映画評論・批評

2016年3月15日更新

2016年3月26日よりシアター・イメージフォーラムほかにてロードショー

アピチャッポン映画の多彩なレイアーは観客に向け果敢に開かれている

眠り、夢、記憶、歴史、時間――。様々な要素がミルフィーユ然と幾層にも積み重なって映画の“おいしさ”を支えている。それぞれにスリリングなレイアーを滑らかに繋ぐ監督の優雅で尖鋭な美意識がじわじわと効いて鮮やかな後味となる。タイの精鋭アピチャッポン・ウィーラセタクンの新作「光りの墓」はそんな快作だ。

政府の命で王墓を掘り返し謎の眠り病に侵された兵士たち。その治療のために導入されたチューブ状のネオンのような機械が立ち並ぶ。闇に映えるポップな色、色、色。そこが病室であることをふっと忘れさせる光景が一つの層なら、同じ病室に横たわる兵士の向こうの窓が切り取る木々の緑、暮れなずむ夕べの風と光りが紡ぐ熱い国の自然の美の層もある。もっと興味深いのは土地の、あるいは人の今を支える過去と未来の時の層だ。病院はかつて学校で、そのずっとずっと前には王の墓だった。そこはまた王の率いる兵士の闘いの場でもあった。そうした過去は過ぎたり流れ去ったりするのでなく時の層として今に息づいている。垂直に積み重なった時の、記憶の、歴史の層を具現化するようにシネマコンプレックスのエスカレーターが俯瞰される。過去も未来もそれを思うひとりの今に在るのだと改めて体感される。

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眠りと目覚めの間を往還する兵士と介護の女性の関係は、演じるふたりが「トロピカル・マラディ」と「ブリスフリー・ユアーズ」という監督の2作でそれぞれに演じた兵士と女性の記憶を呼び覚まし、そこに奇妙に懐かしい南国の恋歌が似合うラブストーリー(“新しい息子”と母のそれともみえる)の位相も立ち上がってくる。彼の夢の中を彼女が行く時、彼の姿は特殊能力で眠る人と交信する若い娘の姿と化している。娘/彼が案内する王宮を視覚化しない映画は代わりに木漏れ日と落ち葉の森を映し出す。目に見えるものと別のものがあることこそを見せる。見えないものを見る力。それはまた軍事政権下、表現の自由を阻まれる今を生き延びるための闘志をめぐる堅固な層をも導きだしていく――。何を見るのか。受け取るのか。アピチャッポンの映画の多彩なレイアーは観客に向け果敢に開かれている。

川口敦子

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