美術館を手玉にとった男のレビュー・感想・評価
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〜鐘〜
全米の美術館をケムに撒いた希代の天才贋作画家。
彼は何の為にその行為を行ったのか。彼へのインタビューを中心とし、彼を追い掛け:興味を持った人々のインタビュー等から次第に明らかになって行く。
予告編を観た限りでは、かなり痛快な話なのだろう…と想像していたのだが違っていた。ある意味では気が滅入る男の話でもあった。
総合失調症を患っているとゆう彼は、2年前の天災によって母親を亡くし、ひとりぼっちの日々を過ごしていた。
彼へのインタビューで少しずつ明らかになって行く母親への想い。
子供の頃から自分の才能に気付き、その子供心が抜けずにいた彼。元々は、父親を亡くした事で母親を元気付け、慈善活動と表し母親を安心させたい一心からの事だった。
早い話が、彼の性格は極度のマザーコンプレックスの塊に溢れているのだった。
だからこそ、未だに彼の心の中で肥大したその病は、なかなか消える事無く存在している。
その事実が、作品全体を重苦しいものにしている様に感じたのだ。
彼の才能を感じながらも多くの人は必ずこの言葉を彼に言う。
「オリジナルを描けばよいのに!」
彼の心の奥底に潜む病を知らない人はそうゆう意見を彼に言う。
それは至極自然の反応に他ならないのだが…。
そんな意見に彼は答える。
「女性を描いた絵は私のオリジナルですよ!」…と。
だがそれは、彼が描いた母親の姿であり。そもそも、これだけの大騒動にまで発展してしまったきっかけとなった、父親の死の悲しみを母親に味あわせたく無い…と思った彼の母親に対する強い想いからだったのだから…。
そして彼は、映画の最後である決意を語る。
それは則ち、彼の心の中に居る母親の存在は、永遠に消え去る事は無い…と言う事でもある。
その事実こそが、私の気を滅入らせ、何とも言い様も無い想いを増幅させるのである。
(2015年12月1日/ユーロスペース/シアター1)
誰かのために役に立つことをしたかっただけ
マーク・ランディスは30年に渡って、全米20州の美術館に偽物の名画を寄贈し続けた。
その偽物は、総て彼が模写した小品作品。
油彩、水彩、デッサンと形式はさまざま、中にはスヌーピーに登場するチャーリー・ブラウンもあった。
偽物に気づいたのはひとりの美術館職員マシュー・レイニンガー。
レイニンガーの発見により、マークが寄贈した多数の偽物の存在が明らかになり、全米中を驚かせたが・・・というハナシ。
日本タイトルからは、マーク・ランディス=天下の大悪人・詐欺師、のような印象を受けるが、そんなことはまるでない。
美術館から金品を得ていたわけではないので詐欺にあたらないというのが法的解釈なのだけれど、法的にどうのこうのとか埒外の行為だとみていてわかる。
彼にとって、名画を模写して、誰かにあげる行為は、相手が喜ぶ善い行いなのだ。
模写して出来上がった作品が素晴らしく観えれば、それは(オリジナルでなかろうと)名画であり、名画をもっていない美術館にあげるのだから、相手は喜ぶだろうという感覚。
他人のために役にたっている行為、いわゆる一般的な労働行為と変わらない。
そして、彼にできる行為が、模写だけだからだ。
とにかく、彼の模写技術はすごい。
稚拙で大胆な部分と、繊細な部分が混在していて、模写そのものがひとつのアート(のよう)である。
原本はカタログなど。
それを切り取り、コピー機で複写する、もしくは原本の上から紙を乗せ、何度もめくっては乗せて、下に敷いた絵の線をなぞる。。
その上から、水彩絵の具などで丁寧に色を添える。
しかし、人物は入念だけれど、背景などは手抜き。
古い雰囲気を出すのは、珈琲をぶちまける。
こんな子供だましみたいな方法なのだけれど、出来上がったものは素晴らしい。
この模写手法は彼が自分で編み出したもので、原点は子供の時分に遡る。
軍人の父を持ち、裕福な家庭に育った彼は、両親と共に世界各地を転々とするなかで、8歳のころからホテルにひとり残されたときに、このような模写をやっていた、という。
で、彼にできることは、これしかない。
彼は、若いころから統合失調症等々の精神病的診断がなされ、現在も通院して服薬もしており、この模写行為をとり上げられると、彼には何も残らない。
ただ模写だけをしていればよいかというと、そうもいかない。
社会とのつながりがなくなるからだ。
他人のために役に立つ、他人が喜ぶ、そういうことをしなければ、彼自身の存在意義・アイデンティティが保てない。
だから、寄贈するわけだ。
美術館に寄贈する行為が知れ渡った彼は、もうこの行為は出来ない。
最後に彼が言う。
「ぼくは小さい絵を描く(模写する)ことしかできない。これからは、奪われた名画を元の持ち主に返していきたいな」と。
あくまで、誰かのために、ささやかだけれど役に立つことをしたいんだ。
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