オデッセイ : 映画評論・批評
2016年1月26日更新
2016年2月5日よりTOHOシネマズスカラ座ほかにてロードショー
ポジティブな冒険心と科学へのパッションに満ちた爽快なサバイバルSF
火星にひとり取り残された宇宙飛行士が、「こんなところで死ぬもんか」と数年先に救助隊がやってくる日まで生き抜くことを決意する。達成可能性は限りなくゼロに近い絶望的なサバイバル。どうしてそんなシリアスな状況設定のリドリー・スコット監督作品が、ゴールデン・グローブ賞のコメディ/ミュージカル部門に分類され、作品賞&男優賞の受賞を果たしたのか。本編を観れば納得。思わず頬が緩む愉快にして痛快なエピソードが満載され、なおかつ絶妙の選曲センスに胸が弾む音楽映画にもなっているのだ。
マット・デイモンはハリウッドで20年以上キャリアを重ねた今も素朴な個性を保つ希有なスター俳優だが、本作ではその持ち味が最大級に発揮された。主人公マーク・ワトニーの絶望を悲壮感漂う熱演で見せるのではなく、一種の開き直りにも似たチャレンジ精神や「ジョークでも飛ばさねえとやってられねぇ」的なやんちゃさで表現。誰のお咎めもない火星ではFワードも言いたい放題だ。とりわけワトニーが植物学者の知識を生かし、火星産オーガニック・ポテトの栽培に挑戦するエピソードは目から鱗の面白さ。ジャガイモがこれほど重宝され、見せ場を作る映画なんて前代未聞だろう。
こうしたデイモンのひとり芝居とワトニーのユニークなキャラクターだけでも入場料金の元は取れるが、本作は極上のアンサンブル・ドラマでもある。火星から地球に向かう宇宙船船長ジェシカ・チャスティン、NASA長官ジェフ・ダニエルズ、火星探査責任者キウェテル・イジョフォーといった演技巧者を要所に配置し、NASAの広報、関連団体の科学者と技術者らの奮闘やジレンマを細やかに映し出す。クライマックスに向けてデヴィッド・ボウイの「スターマン」が鳴り響き、立場の異なる登場人物の思いと行動がまさに一丸となって動き出す高揚感! そのシークエンスの軽やかでしなやかな語り口は快感ですらある。
ハリウッドとNASAの全面的なコラボレーションの成果、恐るべし。宇宙船内の無重力描写ひとつとっても実に美しいこの映画は、宇宙への冒険心と科学へのパッションに満ちあふれ、未来の宇宙飛行士の養成にも大いに貢献するに違いない。
(高橋諭治)