劇場公開日 2016年11月12日

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「一番幸せで一番恐ろしい戦争映画」この世界の片隅に numero13さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0一番幸せで一番恐ろしい戦争映画

2017年7月5日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

泣ける

悲しい

幸せ

それこそ小学生の頃からいろいろな戦争ものを観て来たが、このような描写は初だったのでひどく心に刺さった。自分達のちょっと上の世代が実際体験したことで、彼らの生活が今と繋がっているというのがよくわかり、ただひたすら厳格に粛々と戦時中を暮らす…というよりも、現代の人間と当時の人間がまったく同じなのだった。でも考えてみたら当たり前なのだ。兵隊で広島に派遣されていた祖父も、顔が長い教官をガスマスクとあだ名をつけて同期達と陰でいじってからかってたり、今の若者とやることは同じだった。映画では野良猫や野鳥、虫もたくさん登場するが、空襲の時は彼らもやはり慌てふためく。ほんとうにそれが現実なんだよなあと思った。空襲警報がしょっちゅう鳴るから「どうせ今回も大したことないっしょ」とか、家族が亡くなっても意外と飄々としてたりとか、実際もこんな感じだったのだろうと感じたし、今の人間だって戦時下に放り込まれたら必ずこうなるだろう。だから本当にリアル。ゾッとしたのは空襲でアメリカの飛行機達が群れをなして飛んで来るところ。祖父母の生活の追体験をしたみたいで泣きそうになった。こんなにゾッとする描き方をした映像を今まで観た事がなかった。正直最初から最後までずっと涙腺が緩んでいたけど、戦争孤児がすずさんの腕にしがみついてくるところはめっちゃ泣いた。
このアニメはジブリと同じで”狙ってます感”がないので余計にまっすぐ観ることができたと思う。あと、当時の女性は忙しい。男よりも忙しいんじゃないか。現代の女性達が保育園に入れないとか国のバックアップが足りないとかどうとか色々言うけど、どれだけ恵まれてるんだろうと思った。スイッチひとつでたっぷりの白米が炊け、洗濯や脱水までしてくれて、お湯で皿洗いができ、安い金額で服も買える。家事がこんなに簡単にできる幸せをものすごく感じた。丁寧に生きたくなった。すずさんがまだ日が昇らない時間から必死に朝ごはんの支度をする。と同時に、竃の煙が、それぞれの家から昇って来る。それぞれの家にそれぞれの人間の生活があって、それだけでも涙が出るほどとても愛おしい。男はつらいよでも、家族が揃って食卓を囲む姿が本当の人間の生活であるとし、吉本隆明も、普通に生きている人、あるいはそういう生き方を既にやっている人の生き方が、一番価値ある生き方だと言っている。でも本当にそうだなぁと思う。そして自分の命がどれだけすごいことか!祖父は原爆投下時、まさに広島県庁の近くにいた。そんな爆心地に近かったのに、祖父が生きていてくれたおかげで今の私がいるのだ。それなのに私は、社会に対してプンスカ文句を言ったり、恋人が風呂に入らないで寝てしまって汚いだの、早番は眠くてキツいだの、暑いだの寒いだのわめいている。彼らの暮らしを思うとなんてばかばかしい。だけど、やっぱり、そんなばかばかしいことでわめいていられることは幸せなのだ。わめいてもいいんだ。でも意識は必要だ。これからもわめきながら生きるだろうけど、どこかでちゃんと感謝をしながら生きたい。
最後に、この映画が公開される前年に亡くなった祖父に観せてあげたかった。どんな感想を言ってくれただろうか。幸い祖母はまだ生きている。広島での兵隊生活の話を祖父からたっぷり聞かされてきた祖母は何て思うだろうか。祖母は足腰が弱ってしまって映画館には行けない分、早くDVDを一緒に観たい。

numero13