劇場公開日 2016年4月29日

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「生命と愛が蘇る「樹の海」」追憶の森 ユキト@アマミヤさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5生命と愛が蘇る「樹の海」

2016年5月18日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

悲しい

知的

難しい

世界で最も有名な自殺ポイント。日本の「青木ヶ原樹海」
そこで自殺を試みた男、アーサーが、樹海で彷徨う日本人に出会い、不可思議な体験をする、という物語。
この作品、当然のことなんですが、登場人物は少ない。
アクションシーンなんかない。
アーサーを演じるマシュー・マコノヒー、渡辺謙さんの、ほぼ二人芝居。
これをどうやって、監督が観客に飽きられることなく、映画作品として提示するのか?
それが本作の鍵となってきます。
たとえば、私小説の類が好きな方には、受け入れられるかもしれない。
とても内省的な映画です。
樹海は、人が立ち入らない分、ありのままの自然が残り、まるで太古の神代の時代を思わせる風景。
そこは一度入ったら抜け出せない「ラビリンス」「森の迷宮」でもあります。
森をさまよう二人の男性。
彼らは抜け出せない森の中で、夜を明かします。
不思議な声がどこからか聞こえる。
土もない、岩の表面から、一輪の花が咲いているのを発見したりします。
「向こうの世界に逝った人間の証だよ」
渡辺謙さん演じる「タクミ」がポツリとつぶやきます。
「彼岸」と「此岸」の境界で彷徨い続ける二人。
とても精神世界の中、奥深くまで描こうと監督は苦闘しています。
彼岸と此岸ということでは、邦画の「岸辺の旅」という作品があります。
これは、今は亡き夫が、たびたび妻の目の前に現れるという、幻想世界を描きます。
せつなくて、どこかおかしくて、愛おしくなるような佳作であると感じました。「岸辺の旅」と比べて、本作は、やや「ハリウッド」寄りの「味付け」がなされております。
アクションシーンこそないものの、森をさまよう中で、崖からの転落や、洪水に巻き込まれたり、といった迫力ある見せ場があります。
そのさまよいの中で、主人公アーサーは、フラッシュバックのように過去を思い出すのです。
ここで映画のマジック、編集の出番ですね。
時間軸は過去に遡り、アーサーとその奥さんとの日常を描きます。彼は科学者でした。
幸せな結婚生活。だけど年を経過するごとに、少しづつお互いの波長が、どこかずれてくる。時には諍いもある。
「たった年収2万ドルで、いつまでこんな暮らしを続けるの!」
妻のジョーン(ナオミ・ワッツ)は夫に上昇志向や、ガッツがないことに苛立っています。彼女だって仕事で忙しい。
気まずい二人の生活の中、ある日、妻に体調の変化がありました。
病院での精密検査の結果、ドクターから受けた宣告。
「奥様の脳に腫瘍が見つかりました。手術で除去するしか方法がありません」
現代の医学は目覚ましい進歩を遂げています。
夫婦は奇跡を信じて手術を受けるのですが……。
主人公の科学者アーサー。
彼には「科学的思考」パターンが体に染み付いています。
世の中の不可思議なことは「必ず科学が解明してくれる」と信じています。
僕もそれに大いに共感します。
本作において、とってもバランスがいいと感じるのは、安易に
「精神世界は科学では解明できない」
とあたかも「悟り」を開いたかのように、決めつけていないことです。
多くの人が「悟った顔」をしているのは、実は自分が考えつめて行き着いたのではなく、有名人が言っていることに従う、という実に安直な「借り物の悟り」であることがほとんどです。
この世は何からできているのか?
人は死んだらどこへ行くのか?
魂とはなんなのか?
主人公は、日本人である「タクミ」に出会うことによって、東洋、日本人の死生観をわずかではありますが、垣間見ることになります。
先日、テレビの科学番組を観ました。
地球上の人類が発見した元素、それを全て合わせても、全宇宙のたった6%にしか過ぎない、ということが、ようやく分かってきたそうです。
人間は、まだまだ「無知なのだ」「何もわかっていないのだ」ということが、ようやく「分かり始めた」らしいのです。
量子論、ブラックマターなど、僕にはとても難解で理解できませんが、まだ人類の知らない手段で、いろんな物が、いろんな「コミュニケーション」を取っているのかもしれない。
以前読んだ本の中で、植物学者が、樹齢1,000年などの古木を調査する時、その樹木が放つ「オーラ」のような「霊力」があまりにすごいので、
「この木はやめておきましょう」と、別の木に代えて調査することがある、と語っていました。
科学者がおもわずビビってしまう、年齢を重ねた樹木だけが持つ、近づきがたい魔力。それは一体なんなのでしょう。
樹木がなんらかの方法で、生物である人間に、それこそ細胞レベルで、シグナルを発した、のかもしれませんね。
青木ヶ原の樹海。一本一本の樹木たちが教えてくれること。
自分という人間は、分子や細胞の集まりに他なりません。
しかし、その集合体は、一人の人間の名前を持ち、自分の頭で考え、行動します。更には人を愛したり、慈しんだりする「こころ」をもった、細胞の集合体になりました。
ついには、自ら命を絶つ意志さえ獲得してしまったのです。
ですが、世界中70億個体の人間、すべてが一人一人違う個性を持つ、というのも、紛れもない現実です。
これが「奇跡」でなくて何なのでしょう。
本作の原題は「The Sea of Tree」樹木の海です。
海は豊穣のシンボル。
そしてなにより、「生命」の揺り籠でもあります。生命はここで生まれ、育てられ、成長してゆきます。
まだまだ、未熟な「人間」を再教育し直す、そのキッカケを「樹木の海」は気づかせてくれたのかもしれません。

ユキト@アマミヤ