Mr.ホームズ 名探偵最後の事件 : 映画評論・批評
2016年3月15日更新
2016年3月18日よりTOHOシネマズシャンテほかにてロードショー
名探偵ホームズが、90歳を超えてようやく引き寄せた人生の真実
推理小説史上、または映画史上、はたまたTVドラマ界に名探偵として名を刻むシャーロック・ホームズが、あろうことか、よぼよぼの老人になって画面に現れる。その瞬間、想像上の人物像にさらなる想像を書き加えた、言い換えれば、架空が架空を凌駕した先のリアルな人間ドラマが静かに幕を開ける。
数々の名推理で難事件を解決に導いた天才も、今や93歳の老境にあり、ドーバー海峡を望むサセックスの農場で養蜂を趣味に隠居生活を送る身だ。しかし、彼の心は30年前の未解決事件に今も囚われ、過去にも戻れず、かと言って、残り少ない人生を受け容れることもできずにいる。30年前のある日、1人の紳士から2度の流産のショックから奇行に走った妻の素行調査と奪還を依頼されたホームズが、なぜ、事件を未解決のまま放置してしまったのか? その謎にまつわるミステリーと、ホームズと彼が農場で雇い入れた家政婦とその息子とのユーモラスな日常とをカットバックで描いた後、やがて、映画は1つの真実を紡ぎ出す。
幼子を立て続けに失い生き甲斐をなくした夫人を、当時、名助手にして親友のワトソンに去られ、失意の底にいたホームズが、同じ孤独を共有しながら救えなかったことへの後悔。そして、謎の究明は真相を探り当てることより、むしろ、悲劇に見舞われた人間に寄り添うことだという教訓。ホームズが薄れゆく記憶の糸を辿り辿りして、90歳を超えてようやく引き寄せた人生の真実は、普遍的な意味を持って見る者の心に深く突き刺さる。
現在76歳のイアン・マッケランが、93歳の老人を老けメイクだけに頼らず、丸まった背中や言葉と言葉の間に唸りを入れる等、絶妙な造形技術で具現化して秀逸だ。メガホンを執るのは、かつて、マッケランを主役に「ゴッド・アンド・モンスター」(98)で謎の死を遂げたゲイの監督と若い庭師の切ない関係を描いた監督、ビル・コンドン。2人にとって17年ぶりのコラボは、再び、時代や設定やセクシュアリティを超えて、死と孤独と、そこからの脱却を徹底的に突き詰めた入魂作に仕上がっている。
(清藤秀人)