劇場公開日 2016年5月7日

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「渾身の役者の演技。隅から隅までずずず~いっと、見逃すなかれ。」64 ロクヨン 前編 とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5渾身の役者の演技。隅から隅までずずず~いっと、見逃すなかれ。

2022年2月13日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

興奮

知的

萌える

役者の演技を堪能するに尽きる映画。

「サスペンス」と予告で煽った映画。
 だが、前編・後編と通してみると、前編は前振で、事件を取り巻く警察他の状況が炙り出されて引き込まれるが、事件に関してはサスペンス要素全くない。後編は、原作者の反対を押し切って安易なヒーローものにしてしまって、失速。サスペンス要素の欠片もない。
 それでも、大量に出てくる役者一人一人が、語り尽くしたくなるような演技を見せてくれる場面が幾つもある。
 後編のMVPは緒方氏・永瀬氏。鳥肌もの。かってに賞を進呈。柄本氏も良い味出しており、三浦氏は格好いい。
 それに負けず劣らず、前編も記憶に残る演技が目白押し。

原作未読。TVドラマは見ていません。

誘拐×警察の捜査×報道とくれば『誘拐報道』
 報道側が、実際にあった誘拐事件の中の自分たちの行動が、命を守る行動だったのか、”報道”として適切だったのかを検証するために出版したドキュメント。
 そんなストーリーを期待して臨んだのだけれど…違った。

この映画(前編)では、

一触即発の火花が散る。
 警察内部も、自分たちの領域を守る×出世や立ち位置に対する思い、キャリア×ノンキャリア。それぞれの思惑が火花を散らせる。
 警察×報道。報道規制で身動きがとれない中、それでも、記事を持っていかないと社内での立ち位置・職分等の思惑と、上記の内部事情の中でどこまで発表できるか、火花を散らせる。
 そこを中心に描き、それらの思惑に翻弄される、被害者家族・主人公の家族や、事件の再調査として取りこぼされた人々を点描する。

後編の脚本・演出には開いた口がふさがらないが、
前半の脚本・演出・演技はすごい。ちょっと間延びしたシーンもなくはないが、複雑な設定・幾重にも重なる物語・広がる情景を、畳み込むように展開する。
たった一言の台詞・シーンでその人の性格・人生の志向等を描き出す。

 目の前の状況に耐えきれずに夫によりかかろうとする妻。その瞬間、真偽を確かめるためにすっと前に進み出る夫。妻は支えてもらえない。勿論、真偽を確認し終えた後、ほっとして泣き崩れる妻を夫は支えるのだが。その微妙な間が見事。ちょっとした夫婦のすれ違い。家庭の根深く隠された闇をその一瞬で見せる。役者の演技、演出、脚本の技の妙。

何気ないエピソードかと思うと、それが次に繋がって、出来事の重大さに気づかされる。

警察内部の軋轢。頑然たる上下社会。報道陣との軋轢。本音が通じない世界。バトルロワイヤル。そんな中で人間性を保つのって…。胃がキリキリ痛くなる。

とはいえ説明が足りない部分も多い。
 警察の発表を待つだけのマスコミ。餌を待つ雛鳥のように描かれる。なぜ、彼らが独自の取材を展開できないのかは描かれない。だから、警察への突き上げ・確執に違和感がなくはない。
 エピソードがチラ見せでまき散らされ、顔見世程度の重要そうな登場人物はこれからどうなるのか、事件は?三上の娘は?と、幾つもの???が飛び交い、後編への期待を高まらせて終わる。
 後編を見終わった今となっては、詐欺に引っかかったような気分だが、前編だけを見た時点では、「早く後編を見たい」と胸高鳴った。ここをどう評価するのか。

とはいえ、暑苦しいほどに、人の生きざまのドラマとして見応え十分な前編。
何度も繰り返してしまうが、観る価値のある演技。

 椎名氏は、一見物分かりよさそうな笑顔・スマートさを見せながら、大局と自分の出世とを見据えて、バッサリ人情を切る高官をやらせたら右に出る者はいない。
 滝藤氏は、ここぞとばかりに、この映画の中では断トツの嫌われ役を、ここまでやるかというほど振り切って演じて下さる。
 奥田氏の迫力。鬼瓦とはこの顔。眼力が半端ない。だから、佐藤氏の鬼瓦が説得力を持たない。
 三浦氏の、芯の通った落ち着き。後編に活きてくる。
 榮倉さんも、一人前として認めてもらいたい婦警のもどかしさが伝わってくる。
 窪田氏の髭はもう少しどうにかならなかったのかと思うが、果てしのない底なし沼に入ってしまった苦しさがやるせない。
 烏丸さんは、そんな息子を気遣う良家の夫人、母の痛みをとっぷりと見せてくれ、心かき乱される。
 夏川さんの狂気にも似た表情、夫を思いやる優しい表情。切なくて切なくて。
 永瀬氏の、娘が生きていたころの父親、14年後の父親。無力な中にちらつく狂気。見事。

その部分だけでも、何回も見直したくなる。
これだけの役者が揃っている、今の日本を喜びたい。
そして、この役者たちを活かす映画がもっと見たいと思う。

(上記の採点は前編の評価。
前後編等した評価は…映画は☆1つ、演技は☆5つ)

(原作未読、ドラマ未鑑賞)

とみいじょん