「胸えぐるものはなかった」キャロル SP_Hitoshiさんの映画レビュー(感想・評価)
胸えぐるものはなかった
古き良きアメリカ、美しいセレブの生活、雰囲気、空気感は良い。
辛い恋愛を描いた映画だと思うが、胸えぐるようなものはなかった。
社会問題提起の視点から見ると、かつて同性愛が病気や異常とみなされていた社会を描いた、ということがあると思う。
ただ、同性愛者の本当の苦しみが描けているかは少し疑問がある。
キャロルは自分の行動を恥じないし、人間にもとる行動であるとも全く思っていない。キャロルはキャラ的にそれでいいのかもしれないが、役割的にテレーズにはもっと葛藤があっても良かったのでないか。
同性愛の苦しみというのは、単にそれを社会が受け入れない、というだけでなく、自分自身もそれを不道徳なこと、恥ずべきことだと思ってしまう、ということがあると思う。そういった苦しみがほとんど描かれなかったのは、もったいないと思った。
また、鍵となるのがキャロルの夫の描きかた。この作品では、自分勝手で粗暴で幼稚な、単なる「敵」として描かれるが、彼の行動はあの時代では納得できないことはない。
夫からすれば、不貞をはたらくこと自体が許されないことなのに、その相手が女性。今の感覚でいえば、麻薬をやってたくらいの感じか。その麻薬依存状態は治ったように見えず、その異常な精神状態が治りさえすれば、キャロルも眼を覚まし、自分のもとに戻ってきて、全て丸くおさまるのに、と感じている。
夫を、キャロルを善意から更生させようとする、善人として描くこともできたはず。その方が、同性愛の問題の本質を提示することができたのではないか。同性愛者を否定するのは、一部の頭の悪い独善的な権力主義者なのではなく、むしろ大多数の、自分は正しいと信じている普通の人間である、という。