しあわせはどこにある : 映画評論・批評
2015年6月9日更新
2015年6月13日よりシネマライズほかにてロードショー
壮大なのに親近感に満ちた、迷える大人の旅行記
精神科医が書いたベストセラー小説が原作なだけあり、ある意味、処方箋のような映画だ。息苦しい日常をちょっとだけ俯瞰させてくれたり、凝り固まった感情を柔らかくほぐしたり。たったそれだけで以前とは大きく景色が違って見える。
ロンドンで精神科医を営むヘクター(サイモン・ペッグ)は悩んでいた。同棲中の恋人(ロザムンド・パイク)とは新たな段階に進む決心がつかないし、仕事も不調続き。診療中は患者たちの話をただ受け流すだけで、有益なアドバイスなど何一つ伝えられない。彼らは一様に「しあわせ」を求める。でも一体それって何だろう? 彼自身、実感できていないから答えが分からない。だったら思いきって旅に出よう。真理を探し求める旅へ。かくして彼は世界へ向けて第一歩を踏み出すのだが……。
基調となるのは名匠ピーター・チェルソム(「マイ・フレンド・メモリー」)の温かみあふれる演出と、サイモン・ペッグのラムネのように弾けるおかしみ。両者が絶妙に解け合うことで、自ずと笑みが広がっていく作りとなった。ペッグといえば「ワールズ・エンド」の大人になりきれないアル中男性が印象的だったが、今回は幼い頃から「タンタン」に憧れる中年オヤジ役。この人、こういう少年の心を併せ持つ役を演じさせると本当に巧い。もう一生成長しなくてよろしい。
中国、チベット、アフリカ、アメリカと旅は続く。その先々で思いがけない俳優らがひょっこり現れ、恋人からの贈り物である「手帳」には彼らから学んだ「しあわせ」のエッセンスがひとつ、またひとつと書き綴られていく。これらが決して説教臭くなく、すんなりと胸に沁み込むのもポイントだ。
「しあわせ」って本来、人それぞれに解釈が違うし、つかむのが難しい曖昧なもの。中にはこの映画を絵空事のように感じる人さえいるかもしれない。それでも本作の旅路にはたくさんの愛と「気づき」が詰まっていた。その誠意を買いたい。見終わった後、身体の内側にずっと留まるオーロラのような色彩。吹きそそぐ清々しい風。そうやって席を立った瞬間から、今度はあなた自身の旅が始まっている。
(牛津厚信)