「クソみたいな全ての中にも…」恋人たち 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
クソみたいな全ての中にも…
孤高の映画作家、橋口亮輔。
「渚のシンドバッド」「ハッシュ!」「ぐるりのこと。」…手掛けた作品は万人受けするほど取っ付き易いものでは決して無いが、いずれも深い印象を残す。
7年振りとなる本作も、キネ旬1位他2015年の国内映画賞を席巻。
通り魔殺人で妻を殺された男、アツシ。
裁判を起こしたいが難航、日陰のような仕事、金もナシ、不条理な社会に苛立ちと不満だけが募る。(上から目線の病院や役所にはマジでムカついた)
夫と姑から全く相手にされない主婦、瞳子。雅子様大好き。
ある時出会った業者の男と不倫、今の自分から逃げ出したい生々しい中年女の性。
同性愛者のエリート弁護士、四ノ宮。
妻子持ちの同級生に長年想いを寄せているが相手に届かず、ある時子供にイタズラしたと誤解され…。
3つのエピソードに接点はほとんど無いが、状況の違う3人を通して、この生き難い苦しい社会の姿を抉り取る。
監督の橋口亮輔は同性愛者であり、鬱を患った事もあると聞く。
これまでの作品や本作で描かれてきた鬱憤は、監督本人の声だ。
今回その代弁を努めたのは、主人公であるアツシ。
中盤、アツシが犯人に憎しみと怒りをぶちまけるシーンがあり、その際の台詞はかなり過激だ。
「人殺せる法律出来ないッスかね」
「殺したい奴を殺せる戦国時代ホント良かった」
「殺してもいい奴は確実に居る」
「犯人を殺したい」
設定上は妻を殺された夫の台詞だが、実際は監督のこの世の中への全ての憤りに感じた。(「オリンピックなんてどうでもいい、このクソみたいな国でそんなのやって何になる」の台詞には非常に共感)
アツシが嗚咽・号泣しながら亡き妻への思いを語るシーンには目頭が熱くなった。
誰かにすがりたい、誰かに愛されたい、誰かを愛したい孤独…。
アツシの職場にニコニコ穏やか顔のちょっとオツムが弱そうな先輩が居る。
この人がアツシに掛けた台詞にスゲェジ~ンとさせられた。
このクソみたいな社会、クソみたいな人生、クソみたいな全て…そんな中でも、まだ捨てたもんじゃない温もり、微かな希望。
橋口監督の眼差しは本当は温かい。
名のある役者は脇に回し、メインの登場人物は素人で固めたキャスティングの妙。
悲しみと苛立ちを体現したアツシ役の篠原篤の佇まいが見事。