「Most Violent」アメリカン・ドリーマー 理想の代償 ごいんきょさんの映画レビュー(感想・評価)
Most Violent
原題は A Most Violent Year である。原題のとおり、カーラジオから流れるニュースではいつも銃撃事件を伝えている。時代は1981年か82年。治安が悪く暴力事件が蔓延していた時代のニューヨークが舞台だ。かといって、ギャング映画のように銃による打ち合いや殺し合いのシーンが描かれるわけではない。しかし、映画は観客に常に暴力や血の匂いを感じさせる。流血シーンだけが暴力の恐怖を観客に伝えるものではないということがこの映画を見るとよくわかる。直接的な暴力描写はほとんどないが、その恐怖に対する緊迫感は常に観客に伝わってくるのだ。
映画は経済の物語だ。クリーンなビジネスで燃油業界をのし上がってきたヒスパニック系の移民のアベルは美人の妻をめとり自信満々のように見える。しかし、同業者らしき者たちからの嫌がらせはずっと続いている。アベルの会社の燃油運搬トラックが次々と襲われ油が奪われる。家族や従業員への脅迫や暴力もある。従業員に銃を持たせる提案も持ちかけられるが、アベルは従業員や家族が銃を持つことを徹底して嫌っている。もちろん、ビジネスに対する姿勢も一貫してクリーンなものを目指している。しかし、彼の会社には検事の疑惑がかかり、脱税や違法なビジネスに対する嫌疑で調査が続けられているのだ。そして、やがてそれらは大きなトラブルに発展していくのだが・・・。
画面は常に緊迫感を帯びており、重厚で目が離せない。暴力が表立って描かれることは少ないが、その気配は常に濃厚で、まさに violent year である。画面は寄りのカットが多く、引いた画面は少ない。つまり観客には目の前の物事だけが見え、全体は見えない。見えないところから恐怖は来る。音楽も少なめで静かなシーンが多い。そしてそこに突然予期せぬ音が入ってくる。見えないところから何かが飛び出してくる。しずかなところに突然の物音。観客は常に緊迫と衝撃にさらされている。2時間余りの上映中、だれるシーンが全くなく、最初から最後まで緊張を引っ張っている素晴らしい演出だ。
日本語のタイトルは「アメリカン・ドリーマー 理想の代償」だ。クリーンなビジネスで移民からのし上がったアベルがアメリカン・ドリーマーで、そしてラストシーンが理想の代償なのだろうが、そういう見方以外の見方もできると思う。日本の上映会社が勝手に映画の解釈をタイトルに入れてしまっているよくない例だ。私は原題を知らずに見たが、冒頭、A Most Violent Year というタイトルの後に、ラジオから殺人事件のニュースが流れてきて、そこだけで映画の中に引き込まれてしまった。原題の方がはるかにいい。