「あなたは自分を信じられますか?」怒り さぽしゃさんの映画レビュー(感想・評価)
あなたは自分を信じられますか?
あなたは自分を信じられますか?
『怒り(2016)』
公開当初、時間が合わなかったのを、ようやっと観ました。
【むっちゃネタばれしてますよ!】
身元がはっきりしない男性3人
① 東京:大西直人(綾野剛)
② 千葉:田代哲也(松山ケンイチ)
③ 沖縄:田中信吾(森山未來)
それぞれの場所で、それぞれの物語が同時進行していく、群像劇です。
この3つの物語の軸になるのが、八王子で起こった凄惨な殺人事件。
TVで放送された犯人像(山神)が、この3人の男性に似通っていたことが、周りにいる人達の心を揺さぶる。
珍しいなぁと思ったのは、たいていの映画って
「信じることが難しい」→ラストは和解。ヒューマンドラマ系に多い。
「信じている」→疑うことが難しい。だいたいどんでん返し。ミステリー、ホラー系に多い。
けれど本作は、直感で信じるけれど、上記したような事件があり、疑い初め→疑いが確信に変わり→相手を突き放す→疑っていた自分が悪い!後悔!が、①②
なんです。
で、問題は③です。
③沖縄では、田中が島に1人で住んでおり、興味を持った10代の少女:泉(広瀬すず)&好意を持つ男子:辰哉と親しくなって、痛ましい事件に発展する。
泉が米兵にレイプされ、その場に居合わせた辰哉は何もすることができず物陰に身を隠す。
その時「ポリス!ポリス!」と言う声が聞こえ、米兵は逃げて行く。
この事件の後、深く傷ついた泉と、何もできなかった辰哉の罪悪感、その辰哉の「たった1人の味方になる」「泉ちゃんに何がしてあげられるだろう」という田中との関係が更に密になる。
が、しかし……。
(ネタバレ)
辰哉の旅館で働くようになった田中が、急に厨房で大暴れした後、もといた島に逃げ帰る。
豹変した田中を追って、島に向かう辰哉。
そこで辰哉が見たのは、壁に刻まれた『怒』の文字。その文字は、八王子の事件現場の壁に残された血文字と同じだった!そして「知り合いの女が米兵にレイプされた。ウケるw」 などの文字も。
また、泉と辰哉に親身に相談を受けていたが、内心では笑っていた。ポリス!と叫んだのは、別のおっさんで自分ではない。との告白も。
信頼を裏切られ、錯乱した辰哉は、田中の腹部を刺してしまう。
そして、八王子の事件も、田中がやったと証言する同僚が現れる。
①②は、ただ一生懸命に困難と闘いながら生きてる相手に、周りの人間が疑いの眼を向ける話です。
①直人の恋人:優馬(妻夫木聡)は、母一人子一人の家庭で育ち、同性愛者。直人曰く「胸を張って生きている」と言われるが、どこか他人を拒絶している。それは、自分が受け入れられない存在だと思い込んでいるから。
②哲也の同棲相手:愛子(宮崎あおい)は父一人子一人の家庭で育ち、父親(渡辺謙)曰く「他人とは違う」女の子。家出を繰り返し、東京で風俗で働いていたところを父親に救出される。哲也のことを信頼しつつ、でも、自分が今まで騙されてきたこと、風俗で働いていた負い目などあり、愛される価値のない存在だと思っている節がある。それは父親も同じ。
①と②の愛子も優馬も、自分に負い目があるんですよ。自信がない。
そこから生まれる疑いの心なんですよね。自分を信じられない、自尊心が低い。自尊心が低い人の特長って、他人の意見(情報)に左右されやすい。
けど③は違う。
泉には「母親みたいにはならない」辰哉は2~3日急に家を空け米軍反対運動を行う「父親の行動は無駄である」という、はっきりとした意思がある。まだ他人に不信感を持つ経験が、①②より少ない。
③で問われているのは、私達観客だと思いました。
「田中(山神)を信じられますか?」
私は、田中は辰哉の為に狂ってみせたんだと思いました。
わざと、刺させる為に。
行き場のない怒りの矛先を、自分に向けさせる為に。
そうなんです。本作で描かれるのは、八王子殺人事件の容疑者とされる田中の怒りではなく、他人に疑いの目を向けてしまう弱い自分。好きな女の子を守ってあげられなかった、弱い自分に対する「怒り」です。
八王子の殺人事件だって、別件で逮捕された元同僚という男の不確かな証言と、状況証拠だけですよね。
本作は 人を信じる難しさや、葛藤を描いた作品ではなく、"自分を信じることの大切さ"を描いた作品だと思います。
父親である渡辺謙さんの最後の言葉に救われ、また私も自分自身の中にある弱さを後悔し、そして反省し、号泣しました。
俳優さん達、みんな素晴らしかった!